10-1.終焉を呼ぶ者

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「…愚かだな…」  ラーグは口の端を歪め、嗤う。ここまでラーグを虚仮にしながら、最後の最後で愚かしいまでの詰めの甘さ。下らぬ野心。  皇などという立場はいつでも捨てても良いほどの下らない地位だが、ああも渇望するものか。  《夜明け》という真の絶望を知らぬから、ああも(よく)することが出来るのか。 「…犬に喰わせてやってもいい程の無駄な座だが、貴様は畜生にも劣る。」  ラーグはこうやって守る価値すらないもののために無駄に剣を振るい、命を奪い、その無数の骸の上に立ってきたのか。  全身血濡れて神殿の戸を開いたラーグを狂っていると評しながら、貪欲な者達はただ自己の利益だけを追求しつづけ、当たり前のように足元の骸を踏み躙り、それを当然とするのだ。  それは骸にたかるハイエナか蛆虫か、犬にも劣る。吐き気がする。 「さぁ、そろそろ幕引きだ」  今にも切れそうな程に血管を浮き上がらせ、血の上った赤黒い顔でがなる醜悪な男を見定めて、冷笑を浮かべた。 「それほど《夜明け》をお望みならば、やってやろうか。ここで。此処に居るもの皆殺しでな。」  人の首を一刀で斬り落とした剣から、血振りでも払いきれていなかった血糊が伝い落ちる。  ラーグの口角がうっそりと上がる。見る人にはぞっとするほど昏い笑みだった。  身分も何も関係がない。ここに居る全員で殺し合い、生き残った者が皇を名乗ればいいのだ。最後の一人のなるまで立っていられた者が皇となる。  すべての者の骸の上に立つ者が皇だと。  ある兵はぞっとして眼球だけをそろりと動かして周りを伺う。この静まり返った空気を破って誰かが振り上げて襲ってくるのではないか。しかし、一歩でも動けば、自分が誰かを襲うと勘違いされて、全員から縊り殺されてしまう。そんな脆く割れそうな緊張感が全員の間に張り詰めている。  誰もが一様に地に足を縫い付けられたかのように動くことができない。  全員が全員の敵になった瞬間、もう一歩も動けなくなっているのだ。動いた者が即座に全員の恐怖のよって殺される。そんな緊張感だ。 「どうした?皇になれるのだ。殺し合え」  怖気づいて動けなくなった者達を冷笑するかのように皇が一歩一歩と進んでくる。  悠然と、何物も恐れていないように、剣を構えることなく、背後を警戒することなく。  皇の剣技が如何に優れていようとも、周りを囲む軍兵が斬りかかれば、命を奪う事が出来る。  誰も皇を傷つけることができないと踏んでいるのか、それとも死んでも構わないのか、頓着も何もないほどに無防備に皇が進んでくる。  皇を殺せば、皇座は空く。誰でも皇になれる。  だが、誰も動けない。 「何をしている!(あやつ)を殺せっ!殺せっ!」  動けなくなっていた兵はその声でびくりと身体を震わせた。  老神官がただ一人顔を真っ赤に周りに怒鳴り散らし始める。  敵味方もなく斬り捨てて、血みどろになっている老神官の姿に幾人かは怖気づいたまま眼を泳がしている。  あれが信用にたる器量なのか、と、一旦はグロルの下についた者も戸惑いから動き出せない。 「来い。殺し合うのが本望だろう。」  声を張っている訳でもないのに、皇の声は心臓に突き刺さるような低い響きを持っていた。  その声にすら絶対者としての力が宿っている。 「畜生っ!」  手の者たちがこの局面で怖気付いて、全く動けなくなっていることに憤ったグロルが罵声と共に皇へと剣を構えた。  大きく振りかぶって、一気に皇との距離を詰める為に、走り出した。 . 「そいつを殺せ。」  皇が短く、さして大きな声でもなく、そう命じる。  どすっ、どすっ。  肉を貫く音が重く響いた。
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