4-1.帰途 ※

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4-1.帰途 ※

 皇国の南端の冰から四頭だて馬車の行列は最短道程で皇都への帰還を目指していた。最初に皇都を出た時の旅程に比べれば、急ぎ戻ってきたが、町々での祝福授与は省くことは出来ず、民衆参賀を受けながら進んで来た。  その道程も後、一日。  明日の日の入りまでには皇城に帰還する予定だ。  皇城に馴染んだと言えるほど長く住んでも居ないが、皇都を囲む堅牢な城壁が地平の遠くに見られるようになって、ルクレシスはやっと人心地ついたような気になる。  体に負担の掛からぬように細かな意匠の凝らされた馬車も、夜に身体を休めるための寝台も充分なものが用意されていたが、移動し続けるということ自体が体力と精神力を削るものだ。  宿場町の宿の一室で久方振りに水の神官によって閨房作法を受けることになった。明日、帰城すれば皇に召命を賜るかもしれぬという事情で、皇と離れてから半月以上も拓かれていない身体を整えるためだということだ。 「…い、ゃ…外して、外して…」  ルクレシスは驚いて、動きを制限された身体を捩らす。湯浴みの後に寝台の上に横たえさせられるまでは、常の通りだった。だが、いつもと異なって、するっと滑らかな黒布で突然視界を塞がれた。驚いている間に両手首も前手に結わえられて、寝台に転がされてしまった。 「大丈夫で御座いますよ。落ち着いて、御身を任せてくださいませ。」  視界を塞がれ、両手首は柔布でゆったりと、ただ自由には動かせないように結わえられた状態だ。閨房作法の時間に少年宦官に逆らえば、罰が与えられる。だから拒絶は許されていないのだが、視界を黒い布で覆われて抵抗を封じられると、耐え難い生理的な恐怖にやめて欲しいと懇願してしまう。  宦官はルクレシスの聞き分けのない言葉を咎めることなく、宥めるように素肌を晒す腰を撫でる。そしてもう片手にはたっぷりと香油をとってひたすら優しく下肢を解すように撫で上げてきた。  だけどいつものように窄まったそこには触れてこない。力が抜けるように腰や内腿を丹念に温めるように揉み上げるだけである。 「…此方は久方振りで御座いますので、くれぐれもご負担をおかけしませんよう、お願いしますよ。」  後孔以外はマッサージを十分施されたところで、急に少年宦官がルクレシスとは異なる誰かに話しかけた。まさか近く他の誰か居たのかと身を竦ませる。  閨事に余人の目があると緊張してしまうルクレシスのために、瑠璃宮では作法の時間の間、誰も姿を現わさないようにしてくれていただけに、闖入者の存在は恐怖だった。 「失礼いたします」  少年とは全く違う大人になりきった男の声と共に、寝台が軋んで、沈んだ方へ体が持っていかれる。近づいてきた人物の体格が大柄なことは視覚がなくとも解る。 「あぁ、お逃げ召されるな。無体は致しませぬゆえ。」  低い穏やかな声ながら、反射的に寝台の隅に逃げようしたルクレシスの足首をやんわりと掴まれ、引き止められた。 「宮様、大丈夫ですよ。身元確かな男娼でございます。そして尊き宮様を穢すようなことは致しません。ただ、御身を気持ち好くさせて頂くだけでございますから。」  怯える主を安心させるように少年が説明をする。宮は皇への操立てとして、皇以外と性交渉を持つことは許されていないが、単なる性欲処理や作法の習得の為ならば、慣例的に男根を挿入されることと精液に穢される事以外は認められている。  少年宦官に幾ら大丈夫と言われても、見知らぬ他人に恥辱を与えられることそのものが恐ろしく、強張りは解けない。しかし目も手も塞がれ、すでに脚の間にがっしりした対格の男に入られており逃げることは叶わないという追い詰められているという自覚が余計に恐怖を煽る。  ルクレシスの緊張を安心させるようにゆっくりと丁寧な所作で、少年の指とは違う節だった大人の男の指が入り口に添えられる。  節が入り口の筋肉をこじ開けて行く感覚、長く、まだ入ってくると背中の粟立つ感覚は、皇の指を彷彿とさせる。 「っ、う…ぁ……あ…」  長く体調不良などで伏していたため、後孔を開かれるのは本当に久しぶりのことで、全身が総毛立つ感覚に震える。  長いストロークで指の根元まで挿れられ、指先で内壁を引っ掛かれ刺激される。反射的に腰がびくつくのを確認されていると思うと、恥ずかしさで全身が朱に染まる。それが余計に観る者の目を愉しませていることに気がつかないまま、視界を塞がれて他の感覚が鋭敏になって、見えぬ不安が全身の感覚の鋭さをさらに助長する。  条件反射のように緩く立ち上がってしまうはしたない中心にも、快楽を追う腰も、指を飲み込むそこも彼らの焼くような視線に晒されていると思うとかっと熱くなる。 「ふ、ゃあ…あ…は、ぁ…」  やわやわと動く人差し指が引き抜かれて、今度は中指も添えられて、ずるるとゆっくりと差し込まれていく。  入り口に引き攣れる感覚はあるが、痛む程ではなく、むしろ指の進むのに合わせて、体内を直接弄られる久々の感覚で体内を熱く蠢かせ、声が溢れてしまうことになる。根元まで入ったところで、一本の時と同じように中でねっとりと動かされる。下肢からぐちぐちと粘液音がし、前立腺を引っ掻かれる度に自分の内壁が誰かの指を締め付けてしまうのも解ってしまう。 「ふ、あぁーっ、あ…ぁっ」  最奥を散々嬲られてから今度は指がゆっくりと引き抜かれていく感覚に耐え切れずに泣くような嬌声が溢れる。ゆっくりじっとりと責められて、気が狂いそうだった。  指先まで抜けきるというその時に三本目の指が緩んだ孔をこじ開けてくる。 「い、やぁーっあ、ぁー!」  今度の感覚は強すぎた。下腹部に詰め込まれる余りの感覚に足をばたつかせて、腰が逃げようとするが、男に乗り上げられて腰を押さえつけられる。召命前の準備で喰まされる少年宦官の三本指とは全く違う質量と圧迫感に、皇の陽根で内臓全てを犯されている時程の恐怖と重なる。  力の入った下肢を宥めすかすためにか男に腰を撫でられるが、それも恐怖だ。  今度はそれほど粘着質に愛撫を重ねることもなく、括約筋が開いたのを確認したのみで、指が引き抜かれた。 「恐れ多きことではございますが、皇のご尊根と思し召して、御身をお任せくださいませ。」  ルクレシスが男娼の言葉を理解する間も無く、後孔に硬質のものが押し当てられた。見えぬせいで何が起こっているのか分かっていないままに太く生暖かいものがそのままゆっくりと襞を押し開いてくる。  硬質で無機的な張り型は解されたはずの入り口も引き攣れて痛みを伴う程の太さであった。そのうえ、永遠と思われるほどに深くまで挿入されてくる。  最初は生暖かった張型だが、それ自体が熱を発するわけでなく、徐々にルクレシスの体内から熱を奪い始めて、異様な感覚だ。  じわじわと埋められる性具に喉元まで串刺しにされるような苦しさがせり上がってくる。性具がぎりぎりまで挿れられたそこは皇の陽物で乱暴に突き上げられる度に重い鈍痛に襲われる最奥であった。  最後に抱かれた夜、その先まで皇の亀頭に拓かれた。(はらわた)の奥の奥に熱い飛沫を流し込まれ、その熱さに噎び啼き、皇に縋った。  だが玩具(これ)は全く違う。この痛みと苦しさを与えてくるのは、皇ではない。 (嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…苦しい痛い、嫌、嫌…) (怖い、嫌だ、苦しい)  必死で逃げようとするが、容赦されることはない。  息が上手く吸えない。冷や汗が噴き出し、手足が痺れてくる。必死で空気を吸おうとするが、呼吸が全く自分の思う通りにならない。  全てから逃げ出したかった。目を塞いで、心を飛ばして逃げ出したかった。  ルクレシスの目を塞ぎ、何も考えぬように思考回路を壊し、脚を萎えさせて、外気に当たらぬ籠に住まわせてくれていた皇が隣にいない。  籠の外の世界の残酷さに紫水の宮は慣れろと言う。 (無理だ…)  ここでは息が吸えない。もう死んでしまう。
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