4-1.帰途 ※

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「呼吸困難の発作?…つくづく手のかかる…」  寝支度をしていた紫水の元に瑠璃の宮が呼吸困難に陥ったと報告が行き、寝酒を煽りながら呆れた。  皇都は前にして水の神官に仕込むように命を下したのは紫水であった。行幸での打撃と旅疲れとあまり調子が良いとは言えないが瀕死の状態であろうとも構わず抱く皇であるから、寵童を帰城早々に召すことは想像に難くない。  身体が固く強張ったままで血を見ることになるのも良くないだろうと神官に下命したのだが、上手く行かなかったようだ。  報告によると神官達の看護で呼吸は程なくして落ち着いたようで毒物や病、外傷の気もないため、精神から来る失調だろうと老医師は薬師に鎮静効果の強い薬草を煎じさせて、供したとのことだった。  精神が恐慌状態に陥ると稀にこのような症状を呈することもあると医師は侍従長に説明し、もし発作が生じたらともかく落ち着かせ、息をゆっくりと吐くことを促すようにと伝えていた。 「しかし、これまでは嫌なことがあると心を飛ばして逃げてきたようだが、苦しめるようになって来たとは随分地に足がついてきたということか。」  これまでの人形のような生気ない様子に比べれば、窒息死寸前の苦しみにあえぐ姿の方がよっぽど生気のある反応だ。  できれば骨格がもう少ししっかりして、体力がついてほしいものだと嘆息する。  冰で紫水に叱咤されながら務めた宮としての責務の後、瑠璃の宮は冰で充てがわれた自室に戻ってから嘔吐が止まらなくなり、それから三日間は食事も全く摂れない状態になった。  紫水ですら、数日食欲が湧かなかったが、三日経っても口にするものを粗方吐くとい瑠璃の宮に無理矢理に粥を流し込んだのは紫水だ。 (つくづく嫌われることしかしていないな…)  戻しそうになるルクレシスの口を押さえつけて許さなかった。 「吐くな。食べずに勝手に死ぬつもりか!」  あまりな仕打ちに侍従長が真っ青な顔で、寛恕してほしいと両膝をついて懇願するのも無視して、皿一杯分の最後の一口まで容赦しなかった。 「お前達も甘やかすな。次の食事も自力で摂れないならば縛ってでも食べさせろ。皇都でやつれた主が皇の勘気を買わぬためにな。」  紫水の荒療治から何とかルクレシスは食事を摂ることは出来るようになった。それでも気鬱が晴れる様子はなかった。  一切の容赦のない迅速な処刑は皇土に住まう全ての者に皇の絶対性を喧伝する効果的なプロパガンダとなった。人々の皇国への不満が大逆人と帝国の責任へと転嫁されて、皇国は反乱による延焼を免れる。今や帝国という怨敵の出現で反乱の動揺は全て帝国へと帰された。  今や瑠璃の宮は、皇を身を挺して護り、皇敵を容赦なく処断した異国の王子、皇の寵童、忠義の鏡として皇国の士気高揚の象徴となっている。  瑠璃の宮にとっては自身が意図しないところで人々の生活に多大な影響を与えていくことに今更重圧と戸惑いを感じているのだろう。  街道を輿で過ぎる度に熱狂的な礼賛に迎えられる。瑠璃の宮が少し目線を動かせば、何か不興を買った者がいるのではないかと騒ぎになる。そのため、紫水が教えた通りに前の一点だけを見て一切首も目線も動かさないことを忠実に守っていた。  それが公人になるということだと、紫水は瑠璃の宮に教えていった。荒療治とは重々分かっている。    
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