4-2.入宮

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4-2.入宮

 ルクレシスが次に正気付いたときには、これまでと別の部屋に寝かされていた。起き抜けの頭で事態が把握出来ていないルクレシスに構わず、部屋の者が口々にお祝いの言葉をかけて、目覚めを待っていたとばかりにあれやこれやと世話を始める。見知ったことのない召使いも居て、ルクレシスの戸惑いは募るばかりだ。  目覚めの報告を受けた侍従長がルクレシスの元を訪って、今からすぐに衣服を整えて応接間に行く必要があることを告げる。 「お身体がお疲れのところ、恐れ入りますが、大切なしきたりにございますゆえ、何卒何卒。」  何事かと思っているうちに、心得た側仕え達がこの国の正装に手早く着せ替えていく。  初めて腕を通す異国の正装は不思議な着心地だ。髪もぴっちりと結い上げられ、皇国風に仕上げられる。  身なりを整えられると、そのまま屈強な側仕えの一人に横抱きにされて、応接間に入った。足腰立たないと判断されて、当たり前のように運ばれるのだか抵抗する暇もない。  応接室に入ると上座で皇の侍従長が盆に勅書を捧げ持っている。側仕えにそっと床に降ろされ、侍従長が拝跪しているのに倣って、同様に拝跪すると、恭しく勅書が下げ渡される。  ゆっくりと開くと、正式に夜伽役としての地位を得て、宮を与えられたらしいことが記されていた。  『瑠璃宮を下賜する』と書かれ、皇印が押されている。  今後のルクシエルの呼び名は『瑠璃の宮』や簡略的には『宮』となるらしい。立派な身分の一つらしく恩給も与えられるようだ。  恩給などについては、後々に侍従長から説明もあり、宮を下賜されると月々に恩給も支払われる。役を賜れば役に対する俸給が与えられ、皇の覚えによって位が上がり、さらに付与されるとのことだ。それらを財産として蓄え、自身で人を雇ったり、離宮を建てたり出来るらしい。 (夜伽も職業の一つなのか)  ということは性技の上達も職業的使命だと。  自分が正式に夜伽として仕事を得るなど、渇いた笑いしか出ない。本当に男娼になったらしい。  元来、宮を賜ることは非常に栄誉なことであるらしい。だから伽の命が下りた時から使用人達がお祝いムードだったのか。あんな行為で得たことにルクレシスは喜ばしいとは思えなかったが。  宮は家族というほどフランクではないものの、親も配偶者も子も持たない皇にとっては家族にも似た非常に近しい存在となる。皇の住まう奥宮に宮を構え、皇のごく近くで皇に仕える存在だ。皇国においては宮は皇に次ぐ尊い立場で神官や貴族よりも上だという。  様々な理由で皇は宮に召し上げるが、寵童として宮を与えられる為には、三度の恩寵を授かる必要があるとのことで、目出度くも、この度三度のお召しを無事にやり遂げたルクレシスは公式の寵童として皇の側に宮を賜ったことになる。それと同時にこれまで『ランスの御方様』と呼ばれていたが、その名はなくなり、皇国の皇の宮を授かる者となる。  もはや祖国の名を冠する者でなくなる。宮はこれまでの生まれも育ちも関係なくなるらしい。それはルクレシスのような外国の者でも、平民でも、奴隷でも、皇に宮として召し上げられたら、皇国において皇を除いて最も高い地位につく。  ルクレシスは生まれて此の方その血のしがらみの中で生きてきた。しかし、宮としてのルクレシスはランスの王族でも半血でもなく、瑠璃宮の主となったのだということだか、実感が湧かない。むしろ戸惑いの方が強い。  皇は自分に何を求めているのだろうか。ただ、一時興味を持った変わった趣向として異人を囲いたいだけなのか。   「もう一度横になられますか?」  どうやらうとうとしていたらしい。声を掛けられて、はっとする。  皇の侍従長が退出したあと、新たな居室の窓際に椅子を置いて、茶を喫していたはずだったが、うとうととしていたようだった。心配げに側に控えていた侍従が伺ってくる。  まだ夜の疲労が残っているようで、身体も重く節々も痛い。熱っぽい感じもあり、侍従の言葉に素直に従って、窓辺のカウチに移動する。    今日は勉強も体術も全て侍従長がキャンセルしているとのことで、ゆっくり休むようにと勧められる。  新しい宮の主が窓辺で微睡んでいるために、宮に仕える者たちも静かに過ごす。移ったばかりで整える場所、手を加えるところはたくさんあるものの、主の午睡を邪魔しないように、物音を立てないように行き来するのだった。 =============  皇の侍従長は勅書を届け終わると、皇の元に報告にあがるために内宮に向かっていた。  ランス国から寄越された人質の王子について報告書には目を通していたものの、陽の光の下でじっくりとみると、思っていた以上に幼い。  報告書には16歳と書かれていたが、体格的には12,3ほどにしか見えず、あれを瀕死の状態にまで皇がしたのだから、哀れだ。あんな子ども相手にと皇に呆れもする。  見た目には頼りのない子どもそのものだが、北方の者らしい綺麗な顔立ちをしていて、真っ白な肌にランスルーと称される濃紺の瞳が非常に印象的だ。近親婚を繰り返す狂気の一族と言われ、何処か危うげな雰囲気をも纏っている。寄る辺のない儚げ雰囲気とも言えるが、目は冷めきっていて生気に乏しい。 (あれのどこが良いのか)  三度も召し上げる程かとも思う。しかも今上皇はあまり多く宮を置いていない。あまり人を側に置きたがらないことや、同じ人間にそれほど執着しない性質たちで、宮を増やさないからだ。その皇が宮にするとは。  歴代の皇は武芸に秀でた者、芸術に長けた者、博識の者、見目美しい者と100から多ければ500程の宮を囲っていたのに対して、今回でやっと4人目の宮になる。  皇は宮を要職に就けることも多い。皇は多く宮を侍らせては高級文官や武官に取り立てる。そうすることで神殿や貴族が成す元老院の意見を退けて、政を意のままにすることが出来るようになる。  今上皇は、宮持ちに政治を任せると皇に媚び諂う政治しかしなくなるから害悪、と断じて、稀にしか宮を下賜しようとはしてこなかった。  今回の下賜はただの手元で人質を管理するための処遇なのか、皇が気に召したのか判然としないが、ここ数回の情交での執着ぶりは珍しいことである。皇がニ度三度と抱き潰すように交わることも、朝まで夜伽を寝台の上に置いておくことはなかった。夜伽もその都度、商売の男を呼ぶか、水の神官を相手にするかで、同じ者と重ねて関わることはなかった。三度呼べば、宮にしなければならないからだ。  例外は宮の者くらいで、数少ない宮を夜伽に呼ぶこともある。それなりに思い入れのある者や気の置けない者と過ごしたいときもあるのだろうか。 (最近、私は伽のお役御免のようですが)  皇の侍従長は、今上皇の一人目の宮だ。  最近呼ばれなくなって大変身体の調子が良い。元より皇の相手をするには薹が立ちすぎている。その上、侍従長の職をしながら伽まですると体力が追いつかない。 (精々、恩給に見合うだけ瑠璃の宮には皇の無聊を慰めるために頑張ってもらいましょう。)  子どもに伽を務めろというのは酷だとは思うが、見た目はともかくとして彼は皇国で言うところの成人である16歳だ。問題なかろう。ただ、あの鶏ガラのような身体では力不足である。宮専属の料理人と栄養の管理人に肉を食べさせるようにと命じておいた。  そしてこの日から、食事にやたらと肉が多くなったことにルクレシスは内心、首を捻っていた。
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