5-2.水 ※

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5-2.水 ※

 夜は決まって水の神官がやって来ては閨房作法の時間となる。  瑠璃宮の専属となった少年宦官にとって、ルクレシスは初めて仕える主人であった。誠心誠意、皇のためにも主のためにも御仕えしようとしているが、主は彼の顔を見ると、微かに、常からそれ程動かない表情を強張らせるのだった。  彼としては、出来るだけ恐怖を与えないように、快楽を覚えて頂けるようにと身体に触れるのだが、主には快楽を感じれば感じるほどに苦しそうな表情をされてしまう。  主は異国の出で、初めて見る白磁の肌は触れさせて頂くと、今や柔らかでうっとりとするような肌触りとなっている。瑠璃宮の使用人一同、主のこの素晴らしい肌を保つことに心血を注いでいると言っても過言ではない。  来られてすぐは、乾燥した北の地のせいなのかがさがさとして荒れ放題であった。血の巡りも悪く、青くくすんで見えた。湯上りに香油を全身に馴染ませ、熱心にマッサージする側仕えが居て、肌に張りが出てきた。皇の伽につくようになってからは、尚一層、皆が肌を磨くようになり、その白さが透けて内から光るような肌となっている。  太陽で焼いたらすぐに火傷になって水疱が出来てしまいそうなほど薄い肌だけに、使用人達は絶対に直接日光に晒させない。少年もお身体に触る際に自分の爪やささくれで傷をつけてしまわないように細心の注意を払っている。  触れば触るほどしっとりと肌に馴染んでこられる。だからだろうか、皇も事が終わっても、閨から出さずに朝まで腕の中に囲われるらしい。  ランスルーと表現されるらしい深い深い青の瞳も宝石のように美しい。肌に触れさせて頂いているうちに苦しげに目が眇められて、閉じられて見えなくなってしまうことが勿体無い。  最近の作法の時間では、以前に御自身で後孔のご準備が出来なかった事を克服して頂くために、御自身で後孔を解す練習をして頂いている。  後孔そのものは皇のものをもう何度も頂いて、頑なさは無くなって来ているはずだが、恥じらいが勝ってか、なかなか迎え入れる準備がお出来にならないようだ。恥じらいは大切だが、皇の命に素直に従えないことは問題だ。恥じらいつつ、どう皇にお喜び頂けるかを学んで頂かないといけない。  もう一つは初夜の痛みが未だ心を縛っておられることが気掛かりだ。少年も初心だった時に、後孔での奉仕の辛さに涙したものだった。主の場合は深く裂けておられたから、その破瓜の苦しみは比にならないものであられたことと思う。緊張すればする程に痛いと感じてしまうし、身体が拓かれにくくなる。  まずこれは気持ちの快いことなのだと知って頂く必要がある。  主にご自身で蕾を拓いて頂くように申し上げていたが、指を縁に添えたまま、爪の先も挿入する事がなかなか出来ずにおられる。力まかせにしようと指が力んでいらっしゃるが、そのせいで蕾も固く閉じてしまうのだ。 「無理に挿れようせず、香油で周りを円を描くように撫ぜて下さいませ。」  香油の瓶を傾けて、蕾とそこを行き来する指にたっぷりと垂らす。 「心地の良い所はありませんか?」  主がふるふると頭を振るので、少年も自分の指を香油壺に差し入れてから、「失礼致します」と下肢に手を伸ばす。主が必死に突き刺そうとしているところに指を這わせて、主の反応を注意深く見ながら、指を滑らせる。陰茎に近い方から蕾の縁を撫ぜると、肩がぴくっと揺れる。 「ここでございますね。優しく触ってみて下さいませ。」  主の指をとってそこに導き、一緒にくちゅくちゅと擦る。それに従って、主の前も少しふるんと揺れて、宦官は嬉しくなる。 「気持ちよくなってこられましたでしょう?」  少年がにっこりと笑いかけると、主の顔は羞恥からか真っ赤に染まる。透けるように白いため、血色が良くなると、まるで花びらのようだ。  悦い所を撫ぜているうちに自然と蕾は綻びていき、指先を迎え入れ始める。口が開いたら奥に進むのは比較的容易である。 「御指をそのまま挿し込んでみて下さいませ。」と声をかけると、眉根を寄せて、時々、息を逃しながら指を何とか根元まで進ませられた。 「少し指を回してみたり、曲げたりしてみましょうか?」 「…無、理…気持ち、悪、い…」  恥じらっているわけでなく、本当にご不快だったようだ。次の段階にと思っていたが、桃色に染まっていた肌は青く、少し快楽にたゆっていたはずの陰茎は萎れてしまっている。  何より主がまさか涙をぽとぽとと落とし始めたのをみて、少年は酷く慌てた。 「ご無理を申し上げました。今日は御指が入りましたから、これは明日の課題に致しましょうね。練習はここまでに致しましょう。ゆっくり抜いて下さいませ。」  余計に忌避感が強くなっても良くないので、拡張に関しては強引には進められない。  お仕置きをさせて頂きながらも覚えて頂かないといけないこともあるけれど、拡張は精神的な部分が一番影響する。怖くない、痛くない、気持ちがいいと思えたら、積極的に綻んでいくものだ。  作法の教師である少年が許したので、主は腸内に埋めていた指を引き抜いて行く。 「ふ、ぁ…ぁ…」  苦しそうだが、それがかえって壮絶な色香に感じられて、思わず息を呑んだ。  主の姿態に情慾を感じていることに気がついて、自分の身が去勢されていて良かった、と身が竦む。このような色香を見せられたら、皇への信仰も麻痺して、襲ってしまう愚か者も出かねない。  自らが感じた慾は押し殺して、ぐったりとした主の身体を支えて寝台に寝かせる。 「後はゆっくりなさっていて下さいませ。」  出来れば早く閨事の素晴らしさを知って頂きたい。声をかけて、すっかり萎えてしまったご尊根から熱を解放して頂こうと手ですくい上げて、唇を寄せた。そして蕾に香油を纏わせた指も添わせる。  陰茎に快感を感じながら、腸壁を弄ることで、後孔の快感にまで繋がっていく者は多い。  気持ちよくなって頂きたい、と指を入れた途端、強く手が振り払われた。 「触るな」  慌てて顔を上げると、主が少年を睨みつけ、そのまま背を向けられて伏してしまう。 「申し訳ありませんでした」  慌てて平伏しても、主の背中が拒絶していた。身体も気持ちも追いついて居られないところに追い討ちのように焦ってしまったことは完全な失敗だった。急いではいけないと、分かっていたはずなのに。  その焦りは自分の情慾からだったのかもしれない。もっと快楽に色づいて欲しい、あの顔を見せて欲しいという自分勝手な慾。それを見透かされたから、ここまできつく拒絶されたのでは、と背筋が冷える。  少し離れた所から事の次第を見ていた侍従長が素振りで少年に下がる様に合図を寄越してきた。  自分の至らなさで主を怒らせてしまったことに悄然としながら、更に不興を買うわけにもいかず少年宦官は下がるしかない。  ルクレシスは、何も悪くない職務に忠実な少年に八つ当たりしてしまったことを自覚しながらも、どうしても自制できなかった。  何時も以上に嫌なことを強いられたわけではない。ただ、自分では飲み込めない程目まぐるしく変わっていく現状に疲れていた。身体だけ高められて行くことが、今日はどうしようもなく嫌だった。  本当は平伏する宦官を止めてやらねばならなかったのに。でないと、彼が主人の機嫌を損ねたと罰を受けているかもしれない。  教えを乞う立場でありながら、教師に逆らったのはルクレシスの方で、罰を受けるとしたら自分の方なのに手を振り払ってしまった。  自分と歳も変わらぬような彼に床に平伏させてしまったことに心痛むが、自分の身体が自分の物でなくなっていくような、脳髄に刺激が直接流し込まれて訳が分からなくなる、その感覚が怖くて仕方なかった。  いつの間にか不貞寝をしてしまったようで、ふっと気がつくと、裸の身体に掛布が掛けられていた。 「御目覚めですか?お水はいかがですか?」  侍従長が水差しを差し出しながら、穏やかに声をかけてくる。 「お湯に少し入られませんか?丁度良い温度ですよ。」  何気ないように侍従長が入浴を勧めてくる。確かに下腹部がしとどの香油でぬめって気持ちが悪かった。何時もなら寝ている間に側仕えらがさっと拭ってくれているのだが、今回はもう触られたくないと拒絶したルクレシスの気持ちを慮って身体に触れずにいてくれたのだろう。  その夜はナーバスな宮の主を気遣ってか、侍従長が手ずから世話を焼いて回った。  侍従長は以前のように厳しいことは言わなかった。その晩は、ルクレシスの消化しきれない思いを放っておいてくれた。  翌日、侍従長より閨房作法の時間についての取り決めが伝えられた。  性感の開発は必須のため、作法の時間に訓練としての刺激で一回達すること。水の神官はそれ以上に実技を進めないこと。ルクレシスは一回達するまでは神官の教えを拒まないこと。  本来、皇への礼儀を覚える時間であり、それを拒絶することは赦されないのだが、何事もきちんと学び、飲み込むのに時間が必要である。水の神官は詰め込み過ぎないように、習い手のルクレシスは教えに従うように、という取り決めだった。
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