6-2.寒さ ※

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6-2.寒さ ※

 奥宮の一角の瑠璃宮は異様にひっそりしていた。この宮の主の不調で寝付いたままなので、行き来も主の眠りを邪魔しないように音を立てないようになされていたが、そこに陰鬱さが加わっている。  皇の夜伽を務めた後、大体半日程は人事不省になる主であるが、皇の恩寵を頂いたということで主の目覚めを待つ宮には明るい雰囲気がある。皇の使用人が数々の報奨品を運んでくると、宮全体が華やぐ。  しかし今朝、夜明けとともに側仕えに横抱きにされて戻って来られた主は悪寒で震えており、何よりもその首にくっきりと痣がついていた。明らかに手で首を絞められた痕があった。  皇の閨で暴漢に襲われることはない。では、誰が、と口にするのも愚かしい。閨で夜伽役に寵愛を与えるも罰を与えるも、それは一人しかいらっしゃらない。  主が皇のどんな怒りを買ったのか、お怒りは解けているのか、と皆が聴きたいと思いながらも口に出せずにいるため沈痛な面持ちで黙々とそれぞれが仕事をしている。  その上、主は夜になっても眼を覚まされない。時折、魘されて身動ぎをされるが、翌朝になっても目覚めなかった。流石におかしいと失礼を承知で声を掛けたり、お身体を揺すったりしても、ぐったりとしたまま起きられないのだ。  使用人達は一層に不安になる。  侍従長は殊更何も問題は無いという態度で采配にあたった。彼らの不安を煽る訳にはいかない。  皇から医師を呼ぶようにと御言葉を賜っているから、何があったにせよ皇の怒りも解けて、情けをかけて下さっているのだろう。  いつもよりも懇ろに数々の報奨品が届き、皇の侍従長自ら目録を運んで来たことからも皇のご寵愛が深いことが分かる。  早朝にも関わらず、医師がやってきて宮の身体を触診すると、数種の薬を処方していった。  首元の痣はくっきりと指の形をとっており、とても痛ましい。老医師はさっと血を散らす軟膏を塗ってくれた。宮の者達に余計な心痛を与えないように上からゆるく布を巻いて見えないようにした。  医師は特に呼吸に問題はなく、目が覚めてからでないと正確には判らないが後遺症も無いだろうということだった。  痣は非常に痛ましいが、皇もよもや本気で絞めたわけではなさそうである。皇の力なら主の細い頚椎を押しつぶすことなど造作もなかったであろう。 (皇は戯れとしての加虐は嗜まれなかったと思うが…)  時に閨で加虐を好むという性癖もある。貴人がそういった嗜好を持つのであれば、伽役にとっては大儀ではあるが貴人の慰めのためにやむかたなしとするしかない。これまでそういった御様子もなかったけれど。  首に手形の痣はあるが体調を左右するようなものでもなく、後孔も初夜のように深い傷があるわけでもない。念のため、体内の奥まで確かめたけれども、傷を負った様子ない。喉の腫れもないため夜気で風邪をひいたというようにも見受けられなかった。  しかし熱はとても高いのに、手足はひどく冷えて震えているし、お声をかけても、身体に触れても目を覚まされないことが心配だ。ずっと魘されている。  幾つか薬を処方したものの、それらは体力を補う意味での薬でしかない。医師によると目覚めないのは、精神的な部分が大きいように思われる。 (皇の勘気に触れたのであれば、熱発する程の恐怖だっただろう)  そして医師には別に気がかりなことがあった。それは血の問題だ。この宮の頻繁な不調が濃い血のせいだとするならば、医師として為す術がない。 「宮様の御生まれに因るご不調ついては、私共では…」  はっきりとみなまでは言わない医師に、侍従長も首肯することは出来なかった。  意識が戻らない限り、滋養薬を服用して頂くこともままならない。出来るだけ安らかにお休み頂くことがお目覚めに一番必要なことだろう。それをお手伝いすることしか出来ない。  瑠璃宮の侍従長は人知れず、息を吐くと、遣る瀬無い思いを振り払った。 「お目覚めになったら、何時でもすぐに知らせなさい。ご体調が悪くなられるようでも。」  夜勤番の侍従に言付けた。 =========== (寒い…寒い…痛い…)  ルクレシスは全身を悪寒で震わせながら、自分の身体をかき抱く。どれだけ身体を丸めても身体の中の悪寒は治らない。身体中の節々が悲鳴を上げている。 (…誰か…) (誰か、助けて…)  誰も居ない。  以前までは捨ておかれることが普通で誰にも気に止められなかった。皇国に来て、何くれと世話を焼いてくれる者が居て、笑顔で話し掛けてくれる者が居て、自分は弱くなってしまった。  仕事としての丁寧さを優しさと自分は勘違いしているんだ。  抱かれる役目として与えられる熱を情だと驕っているんだ。  皇に散々に犯されて気を失った後、身体を覆う熱に、羊水に浮かぶような温かさを感じる。  皇に抱かれる事はそのまま食い散らかされるのではないかという恐怖と共に、人肌の熱さに身を焦がされる。もっと身体の奥まで焼くような熱さが欲しいと縋りたくなる自分が居るのが怖い。  身体中が痛い。顔の見えない誰かがルクレシスを叩いて来る。逃げようとしても足が竦んで動けない。  鞭を持ってがなり立てられる。 『穢らわしい!』  ジシス?貴族の子ども達?下男?司祭の先生?次々入れ替わり、ルクレシスを罵倒し、殴る。  幼い自分が泣いている。 「お母様、お母様」  母を求めて泣いている。何故それ程泣いているのか分からない。いつまでも泣き止まない自分に苛立った下男が腕を振り上げる。 (怖い!誰か、助けて!)  あっと思った瞬間にゴンという鈍い音がする。 (…誰が助けてくれる?…)  お父様?お母様?ばあや?泣きながら周りを見ても真っ暗だ。誰もいない。  自分で自分の身体を掻き抱く。自分に出来るのは嵐が過ぎ去るのを身を固く固く縮めて、何も見ず、何も考えず、何も感じずにいることだ。  打ち付けた側頭部を腫らした自分が寝台に横たわっていて、その傍で母が泣いている。 (母を悲しませてしまった…) (ごめんなさい、ごめんなさい…) (謝るから、僕を見て…)  ルクレシスの閉じられた目蓋から涙が伝い落ちる。  また夢の場面が脈絡なく変わる。  細切れに見る夢は皇にいいように組み敷かれる場面であったり、荒々しく身体を開かせられる場面だったりする。  夢なのに今まさに犯されているかのような鮮烈な感覚を伴っている。  熱さ、焦燥感が襲ってくる。 「あ、あふ…ふ…」  皇の怒張の熱さを体内に感じながら、口腔も息が詰まるほどに蹂躙されていた。  どうしたらいいのか分からず縮こまっている舌を絡めとられて撫で上げられると、背筋がぞくぞくとする。  うまく息継ぎが出来ず苦しくなって、空気を求めて喘ぐと、開いた口をさらに食われる。 「ふ、ふぁー、ぁ…」  絞めつけられた首が熱い。 「次は優しくしてやろう」  言葉通りひたすらに悦楽を追わせるように律動が繰り返される。  口腔内の粘膜を熱い舌で擦られると、腰の奥がぞわぞわする。身体がさらに奥まで満たされることを強請って、腰を擦り付けてしまう。  最奥まで突き立てられると苦しさとともに満たされる安心感と酩酊させられて頭の中が真っ白になる。  夢だからか、どこか箍が外れていて、もっと欲しいと縋った。  初夜は激痛で目の前が真っ赤に染まった行為で、今は酔わされている。自分の身体が作り変えられて、苦痛ととも快楽を覚えさせられている。塞がれた口の端からは嬌声しか出ない。 「悦いか?」と意地悪く聞かれるのに、がくがくと頭が揺れる。  皇に「今日は素直だな」と薄く嗤われて、陽根をぎりぎりまで引き抜かれては根元まで一気にたたきつけられる。 「は、ぁ…くだ、さいませ…」  もっと熱が欲しくて、引き抜かれるのが嫌で、はしたなくも腰をすりつけてしまう。貫かれたそこは熱くて、裂けそうな痛みを伴うが、じりじりとした焦燥感が絶えず襲ってくる。  もっと欲しい。もっと何かが欲しい。  自分で何を求めているのかわからないが、身体だけでも満たされることを渇望する。何度も突き上げられ、熱い飛沫を貰う。  頭がくらくらするほどに腹の中が熱い。その熱さに飢えが満たされる気がする。  しかし、ずるりと皇の怒張が引き抜かれていく。熱を失うと身も心も空虚だ。 (さみしい…)  手を伸ばしても空をきる。涙も無意味に流れ落ちる。
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