第一章 1-1.夜伽 ※※

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 ルクレシスにあるのは身になじんだ諦観だった。  恭しく頭を垂れながら歩く侍従長の先導に従って、重厚な扉の前に立っても、これから自分の身に起こることについて実感が湧かない。  先ほどまで夜伽という役目のために課せられた屈辱的な“清め”も、もはや遠いことで、他人のことだったかのようだ。  侍従長が扉の前の皇の閨番に夜伽の訪れを告げる。 「よく御務められますよう」  声とともに扉の中へと押し出された。  張り詰めた空気にひんやりとしたものを感じながら、先ほど叩き込まれた作法に則って、恭順の意を示すための礼をとる。ルクレシスは石の床に両膝をついて、額ずいた。  生まれ育った国では地べたに両膝をつくのは刑を受ける罪人とされていた。文化の違いで仕方もないのだが、床に這うような礼をとらなければならず、もとよりないはずの自尊心がざわつくのに、自嘲する。 (…そう捕虜としてここにいるのだ…)  仕込まれた御前の挨拶は黄皇国にきてまだ数日のルクレシスには知らぬ単語も多く、習った通りに棒読みするだけでその意味はよく分かっていない。  回りくどく皇の寵を乞い願う口上を言わされているのだとは想像はつく。散々生国で蔑まれ、貶められてきたが、本当に男娼の真似事をすることになるとは。 「もういい、こちらに来い」  鬱陶しげな声で口上が遮られる。共に目の前の人物が衣音とともに立ち上がる気配がする。  「いい」と言われても、うかつに頭は上げられない。目の前の人物が這いつくばる自分の前を通り過ぎて寝台に上がるまでは、先に侍従長から習ったとおりに頭は下げたままにする。 「上がってこい」  部屋から引き潮のように侍従や側仕え達が下がって行く気配がある。人が引いたところで、身を低くしたまま寝台の下に寄る。 「何をしている」   苛立った声に、儀礼に従ったふりをしながら抗う時間はもうないのだと、諦めの息を吐き出し、再び一礼してから寝台に上がった。 (流れに任せていれば、終わる…)  そうだ、いつだってそうだった。痛みも屈辱もただひたすらに黙って心を飛ばしておけば、いつか終わるのだ。これまでもそうだった。 「お前がランス国の、か。せいぜいよく私の機嫌をとることだな。」  己の立場をよくよく弁えろということだろう。その言葉に従うと寝台の上でも平伏する。  鬱陶しい気な溜息のあとルクレシスの頭がかかまれた。そのまま乱暴に引き寄せられる。 「口でしろ」  皇国語で言われたそれが何を意味するか、知っている。ここに来る前に散々、懇々と説かれた閨の作法のようにしろということなのだろう。    身体が強ばり無意識で身をひいてしまうが、つかまれた頭は無理矢理に押し下げられる。     皇の夜着に触る許しを請い、皇の中心を咥えろということだろう。頭では分かっていても、男娼のように振る舞うことに身体が躊躇う。 (男娼のように…ではなくて、私は売られた男娼そのものか…)  心が冷える。     絹の艶やかな夜着に手をかけて、腰布を避ける。少し息を飲んでから、胡座をかいている皇の元に顔を近づける。皇の陰茎に手を触れて、躊躇いながら口元に持って行こうとする。 「手を使うな」  短く言われ、手を離した。陰茎を口におさめるためには、さらに顔を埋めるなければならない。わざと辱められているのか。  だからと言って何も出来ないし、何かを感じるだけ疲れる。どんどんと冷えていく心がかえって都合が良い。ただ従順に振る舞い、何も感じ無ければいい。  舌を伸ばして、他人の棹に触れ、掬い上げるようにして唇で咥える。初めて口にするものは、ツルツルとして意外と無味だった。  しかし、そこからはどうしていいか分からず、浅く咥えたままになる。舌を絡ませるようにと言われていたが、どうしたらよいのかと逡巡する。  その間が短気な皇を苛立たせるのだが、ルクレシスにはどうしようもない。  ルクレシスの頭をつかむ力が強くなり、ぐっと深くまで含まさせられた。それは喉の気道を塞いだ。急に息が詰まって喉がひくつくと陰茎が一層に質量と硬度を増す。  喉奥を突かれて反射的にえずいてしまう。口に力が入ってしまうのを止められない。 「歯を立てるな。歯を立てたら、全部抜くからな」    苦しさから身体を逃そうとするルクレシスを圧倒的な力が抑え込んで逃さない。頭を押さえ込まれたまま皇が腰を動かして喉を犯し始める。  ルクレシスは必死で歯を当てないように口を開くのだが、そこにさらに押し込まれて苦しい。  生理的な涙が目に溜まってきて、口の端から唾液もこぼれ、口元を汚す。  ただ皇の暴力的な抽送に、吐き気を堪えるしかない。 「…下手だな。前戯にもならぬ」  掴まれていた頭が乱暴に突き放され、やっと息が出来る。嘔気に必死に耐えながらルクレシスは息を整えようと浅い息を繰り返していた。  えずいているルクレシスの横で皇が天幕の外に何か指示した。  天幕向こうに誰かが控えているのだ。皇の房事にも常に誰かが侍っている。皇が一人になることなどない。いつ何時でも対応出来るように控えているものである。  (ランス)国でも王族には常時誰かが付き従っているものだった。王妃の話し相手だった母が王に組敷かれている時も、側で誰かは止めもせず観ていたのだろう。王族の血縁を増やすために。 「何を考えている。我の前で他に気をやるとはいい度胸だ。」  腕を掴まれ、身体を反転させられ、四つん這いの格好にさせられる。驚く間もなくルクレシスの夜着が一気に剥がれる。  元々すぐに脱ぐように出来ている衣は呆気ないほどに簡単に剝ぎ取られて、寝台の外に投げ捨てられ、下半身が皇の前にさらされる。  下肢を晒される屈辱を感じる間もないほど、すぐに後孔に何か硬い熱塊が宛てがわれた。  皇の寝室に来る前に、散々、軟禁されている部屋付きの使用人に薬液で体内を清められ、香油を塗りたくられて念入りに準備された場所に強引に何かが押し入ってくる。 (い、ったい…あつ…)  初めて怒張で身体を裂かれる痛みに、四肢が強ばり、腰が逃げようとする。しかし引き寄せられ、容赦なく引き裂いてくる。 「ひっ…あ…」  痛みが強烈すぎて、悲鳴も声にならない。手はすがるように空をつかむ。 (か、身体が…裂け、る…)  じりじりと開かれ、皇の傘の部分が強引に埋め込まれたところで、身体が文字通り裂けた。  みしりみしりと身体が悲鳴をあげて、限界を超えた内壁がぶつりっと裂けたのだ。  目の前が真っ赤にそまり、言葉にならない悲鳴が上がる。 「が…ぁ、*******!!」  しかし、逃げることができない。    むしろ皮肉にも裂けたところから流れ出た熱い血のせいで滑りがよくなり、さらに奥に進んで体内を奥へ奥へと犯されて行く。 「********!!」  意味をなさない叫びがひっきりなしに口から溢れる。  どこまで串刺しにされるのか。永遠のような苦しみが、腹の中を焼き切っていく。暴力に慣れたはずの身体が全身から悲鳴をあげていた。  腰同士がぶつかって、ようやっと全てが挿入された時には、ルクレシスの全身から血の気が引いて、失神寸前だった。  そんなルクレシスの様子は顧みられるわけもなく、異物に慣れる間も与えずに抜き差しが始めり、いたぶられる。     切れた傷がさらに抉られて、口からは悲鳴しか出ない。 「っ…か、はっ…」  悲鳴とぐちゅっぐちゅっとした湿った音が響く。先に散々流し込まれた香油と血が混じった音だ。  閨には錆びた鉄のような匂いが充満している。肉食獣を煽る匂いだ。  ルクレシスは内臓をかき回される痛みに顔を敷布に押しつけて揺さぶられるだけで、何からも逃げられなかった。  永遠の拷問だとも思える時間、いいように揺らされたあと、体内のものが一際大きく存在を主張して、中に熱いものを注がれた。  そして体内から熱いものがずるりと引き抜かれる。皇のものと一緒に体液がごぷりと溢れて、下肢を汚すその不快感に震えながら、やっと解放されると強張った身体から力を抜いた。もうぐちゃぐちゃだった。それでも終わりは来る。 「何を終わりだと思っている」  寝台に突っ伏すルクレシスの腕がつかまれて、引き起こされる。  そのまま座した皇の上におろされた。ぐちゃぐちゃになった後孔にまた焼き鏝のような皇の陽物が押し当てられる。 「くっ、は、ああっ…」  目の前が真っ白になる。容赦なく再び裂かれる。自重のせいとぬめりのせいでずぶずぶと飲み込んでいく。内臓が裂かれ、押し上げられる。  苦痛の限界を超えて、意識が朦朧とし始める。 (そうだ…このまま意識を失えばいい)  得意の諦めと感覚を遮断し、そのまま意識を手放そうとする。 「まだ早いと言っている。人形を抱いてもつまらんだろう。」  ぐったりするルクレシスに気付けをするように、乱暴に揺すられる。  脇にいつの間にか半裸の少年が寝台に上がってきていた。 「前を咥えてやれ。気を失わないように刺激しておけ。」  まだ年端もいかないような少年が恭しくルクシエルの前に触れて、そのまま口に含む。生暖かい咥内で舌でやわやわと刺激される。 「ひぁ…ひっ、くっ…」  萎えたままの自身が緩く立ち上がってくる。皇の言葉に忠実に少年は口で中心に快楽を与え、胸の飾りもカリカリと刺激を加える。 「…あ、あ、やめっ…ひ…」 「ひ、ぁ…」  天幕に囲まれた寝台の中に少年の口淫によって、くちゅくちゅと音がなり、そこに後孔の抜き差しでさらに湿った音が鳴る。そこに皇の息づかいとルクレシスの悲鳴と弱々しい矯声が満ちる。  抜き差しのたびにえぐられる傷の痛みが大きすぎて、前は快楽を与えられても絶頂を迎えない。苦痛と快楽という両極端の強烈すぎる感覚を同時に与えられて気も失えず、ただ啼き続ける。  皇が再び激しく打ち付けて達して、今度こそルクレシスには指一本動かす力も残っていなかった。  それでも夜伽は終わらなかった。  皇はルクレシスの四肢を仰向けにさせ、鮮血と白濁の体液をこぼす口に再び自身を宛てがった。 「…やめっ…」  終わりでないことに気がついたルクレシスが身体を強ばらせて拒絶するのを、不愉快そうな顔で拒否する。 「誰にものを言っている。我を悦ばせる性技もないのだ。せいぜいこちらの口で奉仕してもらおう。」  絶望だった。諦めと身体と精神の限界で、途中から記憶はなく、より一層立ち込める鉄の匂いの中で、ただ揺すられるままルクレシスは意識を失った。
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