6-3.独占欲

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 黒曜を夜伽として召命したのは久方ぶりであった。やる気に満ち溢れた男娼を呼ぶのも、崇めて祀って奉仕してくる宦官を呼ぶ気にもならなかったからだ。  ラーグのあからさまに苛ついた空気にも、変わらずに接して来るのは、長い付き合いの為だろう。面倒がなく楽だ。  黒曜のしなやかな身体を抱いて、目的を達すると後は双方ともあっさりと身仕舞いをする。  黒曜はさっと衣をつけると皇の酒盃に酌をし始める。盲目でも皇との長年の付き合いで適度の頃合いで酒瓶を傾けるのが絶妙に上手い。  ラーグに酒を勧めながら、黒曜が問う。 「そういえば新しく迎えた宮にご執心だそうですね」  またその話かと皇がうっとおしいと嘆息しても、柔和な笑みで話を逸らす気配はない。 「見事なランスルーだと聞いておりますよ。生きた貴石は垂涎の的でしたから、我が国は随分羨ましがられているようですよ、裏では。」 「条約の手形に投げて寄越されただけだ。貰ったはいいが脆弱過ぎて使い物にならん。」 「それは皇の恩寵を何度も頂いたら、どなたでもきついでしょう。しかも16だとはいえ大層小柄と聞いております。」  黒曜が可笑しそうに控え目に笑いながら返してくる。  “何度も”とは、どこから聞いたのかと睨めつけるも、見えないので気が付きませんという振りをしているのが見えている。  どうせ閨番の報告を受けた紫水が黒曜に面白半分で話しているのだろう。侍従長の口が軽いのは頂けないが、紫水のこと、わざと黒曜に吹聴したのだろう。黒曜も紫水の思惑にわざと乗っている所がある。この2人は妙に気が合うのだ。 「一度お会いしたいのですが、よろしいですか?」  もちろん体調が戻られてから御茶に誘いたい。赤水がとても楽しみにしている、と付け足す。 「好きにしろ」  特段、宮同士の交流を阻む理由もない。  その時代時代で異なるであろうが、ラーグの宮達はそれぞれ気安く行き来している。彼等は兄弟のようなものなのだろう。紫水が兄で、黒曜と赤水が性質が真逆の双子のような関係である。  皇が数多く宮をはべらせていた時代には、寵を巡って宮同士が泥仕合いを繰り返していたらしいが、ラーグ奥宮の宮達はそれぞれの特徴が違いすぎるからか争うこともない。最もそういった低俗な陥れ合いをする者が近くにいれば鬱陶しいこと限りないため、ラーグが宮に上げることは無いだろうが。  酒の肴に黒曜に歌うように命じる。 「ご恩寵を頂く前に命じてくださればいいのに」  褥で声をあげたせいで喉が掠れて、聞き苦しいかもしれませんが、と、手振りで側に控えた者に自分の楽器を持って来させる。  盲目の奏者は楽器を一掻きして音程を確かめると、夏至に因んだ賛歌を歌い始めた。もう就寝前ということでゆったりと奏でられた音に乗せて、歌い手の落ち着いた謡が響く。  高音が僅かに掠れているが、それはそれで趣深い。ラーグは満足したという証に、歌い切った歌い手に酒盃を下賜する。  黒曜は恭しく受け取ると、杯を飲み干した。そろそろ皇もお休みになられるでしょうと控え目に奏上して、引き際良く御前から下がって行った。 =========  瑠璃宮ではようやっと瑠璃の宮の悪寒がおさまった。依然として熱は高いが、汗をかいてきたので、復調の兆しだと、侍従長を始めとして一同が胸を撫で下ろした。  昼間に皇が宮をおとなった事もやはり皇から瑠璃の宮はひとかたならぬご厚情を賜っているのだと、一同を安心させる一つであった。
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