7-1.黒曜

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 ()で拾われた子は、宮を賜り、衣食を与えられ、学を与えられた。芸事も一通り習わせられ、容姿を美しく磨くことも覚えさせられた。方言も厳しく直され、流麗な皇国語を教え込まれた。  ルクレシスは目の前の美麗な貴人がそのような貧しい出だとは信じられなかった。 「皇国には身分はないのですか?」 「いえ、宮に居られたら余りお感じにならないかと思いますが、皇国は支配階級と被支配階級に完全に分かれています。私の一族も被支配層でしたから、皇が私を宮に取り立て下さらなければ身分としてはここの下男として働くことも叶わない端者だったでしょう。」  宮になるという事は、これまでの家名を捨てて、皇の所縁の者になるという事であり、元の身分を超越する。  神官になる事も同義で、神の元に家名つまりは身分を捨てて仕える事になり、身分による縛りは表向きには無くなる。内実、自然と貴族が高位神官を締めている。家督を継ぐのは嫡男でいり、継ぐべき家のない次男坊などが神殿に入り、高位を目指す構造が出来上がっている。  宮にしても、皇の目につくところに居るのは、大抵が高位神官か貴族であるから自然と宮もそのような出自の者が多くなるのが倣いだ。そういった中で被支配者層から宮を賜った黒曜は歴史的に見ても特異な存在であった。  黒曜の宮の身の上話から皇国の社会構造の話へと自然と移っていくが、黒曜の宮は異国出身のルクレシスを慮ってくれており、分かりやすく説明してくれる。 「ランス国では如何でしたか?」  黒曜の宮が一頻り皇国の話をすると、ルクレシスに水を差し向ける。  しかし、問われても答えることが出来ない。  ルクレシスの世界は軟禁されていた極狭い世界しかなかった。毎日見る窓枠の向こうでどのように人々が暮らしているかなども想像もつかなかった。ましてや土を耕し、そこから食べ物を収穫するという目の前の人が幼い時当たり前に行っていたことが、どのようなことか分からなかった。 「…私は…国がどのようだったか、全く知らないのです…」  仮にも王族と冠していながら、全くの無知であることが恥ずかしく居たたまれない。 「なかなか厳しいお立場におられたのでしたね。」  察したように、黒曜は「そういえば」と話題を変える。 「お役目の方はどうですか?随分と御寵愛が深いと聴いておりますよ。」  相変わらず優雅な笑みで聞いてくるが、直球で夜伽のことを聞かれて、ルクレシスは答えに窮する。  今度はルクレシスが狼狽しても、話題を変えてくれない。 「…生国ではなかったことでしたので…驚いております…」  本当は「身に余る光栄です」なり、「有難い御役目です」なり、喜んでみせるのが良いのだろう。ルクレシス自身が馴染めないからと言って、他国の風習を否定したり、けなしたり、下手なことを言うわけにいかない。  ただ少し話しただけだが黒曜の宮の 「…あの、皇国では一般的な風習なのでしょうか?」  あまりに周りが当たり前のこととして夜伽を受け止めており、当たり前のように皇の陽根を受け入れる作法を仕込まれるので、ずっと抱いていたが聞けなかった疑問を意を決して尋ねてみる。 「男性が抱かれるお役目を頂くことですか?いいえ、皇国でも一般的ではございませんね。そうでなければ人口が増えませんから。」  北方で広く信仰されているシザ教では同性での交わりを固く禁じている。生殖のためでない交わりは不純とされていたことは、世間知らずのルクレシスも毎週やってくる司教の毎度同じ説教の中で繰り返し聞いてきたことだった。  その教えのため、北方は皇国をその風習か、蛮国と嘲っていた。  婚外子であったルクレシスは何度も「不純な関係から産まれ出でた身なのだから、堕落しないように身を慎みなさい」と諭されていた。その教えが染み付いているだけに、戸惑いも強い。 「皇は優しくしてくださいますか?」 「……身に余る、情けを頂いて、おります…」  何と答えるべきか分からずに答えると、「もっとお優しくしてくださってもよろしいですのにね」と周りに聞こえない小さな声で冗談めかしておっしゃる。 「とても楽しい時間で名残惜しいですが、あまりお引き止めしてご負担になると私が皇に叱られます。またお誘いさせて下さいませ。赤水晶の宮があなたに会いたいとうるさいものですから、今度は会ってやって下さい。」
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