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いつも生活している内宮から謁見や晩餐でここ数日訪れるようになった外宮を抜けて、宮城の城門を抜けると南方で最も巨大で栄えている都市、皇都が広がっている。皇都で手に入らぬものはないと言われる程、商業が発展している。
赤水らの一行は警護も合わせると結構な人数になっていた。
(こんなに要らないんだがなぁー)
奔放に遊び歩いて来た赤水は、この人数の随行人が煩わしい。だが、紫水に皇の指示だと言われては仕方がない。溺愛が過ぎるだろう。
元々は中心街で屋台の食べ歩きも考えていたが、さすがに天中節で普段の倍以上の人ごみに、この人数では難しい。
護衛を引き連れながらもぶらぶらと出来そうな界隈と皇都の住人達が天中節で行っている祭事が見られる高台に行こうと赤水は段取りをつけた。
「警護が多くて悪かったな。俺もいるし、随行は少なくていいと紫水に言っていたんだが土壇場で増えた。何でも瑠璃が走れないからだと聞いたけど。」
赤水が冗談交じりにそう言うと、瑠璃の宮が心無しかしゅんとした。その反応に赤水も儀式の所作の出来なさを思い出して、皇の過保護ではなく本当のことだったらしい。
赤水が選んだのは宮城近くの裕福層向けの雑貨屋や食品の売っている商店の連なっているところだった。祭でごった返す下町とは違い、ここは馬車が行き交うことが出来る位広く、人も比較的に少ない。
赤水も普段から訪れることもあるので、宮の姿にも界隈の人間は慣れている。騒ぐことなく、道を開けて、無礼な真似はしない。
いつも自分が行くお勧めの武具屋に入ろうとしたが、それは自身の侍従に「瑠璃の宮様は武具にはご興味ないかと」と止められた。確かにそうだ。走ることも出来ないのに、剣を振るうなんてこともないか。
では、と考えて、別の店に入る。瑠璃の宮の濃紺の瞳にぴったりだと思ったからだ。
瑠璃の宮は店に入ると興味深そうに熱心に見て回っている。
(やっぱり綺麗な子には綺麗なものだよな)
並ぶ宝玉以上に濃紺が煌めいている。
「何か気に入ったものはあったか?」
順繰りに宝石をじっくり見ていっている瑠璃の宮を見ているのに飽きて、声をかける。
「これはおいくらでしょうか?」
侍従が店主に、値段について聞いた。
「そちらは侖で採れました一級品を大陸一と謂われますアルカイナの職人が加工しましたものでございまして、おおよそ値段は付けられない程希少な物でして…」
店主は瑠璃の宮が値段を聞いたものだから、購入を検討しているのだと思ったらしく、出方を伺うためか、持って回った言い方をする。
(確かに綺麗だけど、瑠璃はもっといい物を持ってそうだけどなー)
なんせ今を時めく皇の寵童だ。皇が下賜する宝飾品は店頭には並ばないような最高級品だろう。
「店主、宮様は値について聞いておられる。」
心得ている侍従が店主がくどくどと述べる能書きを止める。彼は主が宝石そのものに興味があって、値段を聞いている訳でないのを知っているからだ。
侍従に睨まれて、店主が前のめりだった姿勢からぴしりと背筋を正す。
「1200万冠でございます。」
瑠璃の宮は値段を聞いて、小首を傾げる。他も指さして、順番に値段を聞いていく。
あの小さいのは?200万冠、あの細工は?500万冠、あの透明のは?800万冠、と。
「赤水晶の宮様、皇国の民の稼ぎはどのくらいですか?」
硝子箱から顔を上げた瑠璃の宮がそう尋ねてくる。元貴族の赤水としては、そんなことを考えたこともなかったから検討もつかない。さぁ、と店主に水を向ける。
「年に100万冠位かと」
下層を見れば100万冠に全く届かない民衆も沢山居るのだが、店主も富裕層の一人であり、そんな極貧層のことまでは知らない。
「なるほど。ということは、ここにあるものは市井の者が買うには高いということか。」
宮城直下の最上級の宝飾を扱う店の店主は鳩が豆鉄砲を食らったかのようなほうけた顔になる。庶民が逆立ちをしても買えないような一級品だけを取り扱っているのだから、それはそうだ。
「買わなくてもいいのか?」
赤水は瑠璃の宮が社会勉強したかったということにはとんと気づかずに問う。皇からの小遣いも宝飾品を買い求めることを基準に渡されてはいないので、ルクレシスの買い物体験のためにこの店を選択した赤水の感覚がずれている。
こういったところが黒曜の宮に「馬鹿だ馬鹿だ」と言われるのだが。
結局、渡された小遣いを使ったのは途中で歩き疲れた瑠璃の宮のために、休憩がてらに茶を喫する店に入った時だった。店頭に並ぶ茶葉を不思議そうに見ていたので、店で飲んで気に入った茶を宮に持って帰ると包んでもらった分だった。瑠璃の宮は、お茶が好きらしい。
赤水が次に連れて行ったのは、皇都の中心街の広場が見渡せる高台だった。広場の周りには白い布を張った露店が多数出ており、多くの人々が行き交っている。大人から子どもまで居て、身なりもそれぞれだ。本当は中心街を外れたところには皇都といえど、むしろ皇都だからこそ貧民窟も広がっており、祭の楽しげな様子だけを切り取るのは一面的とも言える。
しかし、ルクレシスにとっては初めて目にした庶民のまさに生活している姿であった。遠くから見ていると人の流れは巨大な一つの生き物のようで、見ているだけで圧倒されて酔ってくる。
(あれが皇が贄となって抱える者達なのか…)
ランス国にも同じような市場が広がっているのだろうか。あれだけの人々が暮らしているのだろうか。気候も文化も物流も全く違う国であるから、異なる風景が広がっているのだろうか。自分はランス国でこのような光景を見ることはこの後あるのだろうか。
じっと眼下に広がる広場を見て動かない瑠璃の宮物思いを、赤水が時間だと声をかけて断ち切る。
「また連れて来てやるよ。」
景色を眺めている間、物憂い気な様子で、流石の赤水も黙って横にいた。瑠璃の宮はじっと眼下の光景を眺めている。時間が迫ってきて声をかけると、名残惜しそうだった。だから気安く請け負って、帰ろうと促した。
そして赤水は瑠璃の宮を下町までおろさなくて良かったと痛感した。歩き慣れなかったらしい足が痛んで、瑠璃の宮がそこから動けなくなってしまったからだ。結局、護衛の火の神官に抱き上げられて、馬車まで戻る羽目になった。
肌も余程柔いらしく、履物の革紐が肌を破って血も滲んでいた。
帰ってから紫水に「明日の祭祀に障ったらどうする」と怒られた。
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