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10-3.夜明け ※※
少し微睡んでから起きたラーグは脇机から水差しをとり、中身を煽る。寝台の揺れでか気を失っていた夜伽が身じろぐ。
「飲め」
薄く開いた唇に水差しを宛てがい、水を流し込む。半分は口の端から溢れ落ちるが、喉がこくりと動いて少しずつ嚥下していく。乾いた身体に心地良いようで、もっととせがむように、水差しの口を追い求める。強請られるがままに水を与えている内に意識が浮上してきたのか、瞼が揺れて瞬いた。
何処か夢見心地の濃紺の瞳で伽役がラーグの肩から流れる黒髪の一房にそっと触れてくる。
「…皇…」
掠れた呟きはこれだけ近くなければ聞き逃すくらいだ。
ラーグは不意に髪に触れてきた瑠璃の宮をみるが、かの濃紺の瞳は常よりももっと深い色をしていて半覚醒のようだった。寝言か。
「…皇は、こんなに神々しいのに…」
「神々しい?我は血塗れている。」
愚かな寝言にラーグは嗤った。
「血…」
寝惚けた顔はいっそあどけない。小首を傾げ、ラーグを宵の目で見上げてくる。
「祭祀で見たであろう。陽の年若の神官達を。あれは皇の卵だ。我が死ねばあの中から皇が立つ。」
皇は太陽の化身であり、太陽から遣わされるというがそれはただの神話だ。皇自身も人であり、太陽から都合良く産まれるわけでも、超越的なものに選ばれる訳ではない。
「《夜明け》?」
新しき皇が立つ時を《夜明け》という。
「文字通り夜明けまで生き残った者が皇になる。互いに殺し合い、血で血を洗う。我はそうやって生き残った。同朋の血肉を喰らって。」
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皇が死ぬと始まりの神殿で皇の卵が殺し合う。まさに天中節で神官達が舞を奉納した広場で、十八歳までの神官達が剣を持たされ、理性を狂わせる香の中で斬り合わさせられる。最後の一人になるまで。
ラーグが最後まで生き残ったのは、大半が運だった。優れた剣技と、地獄の中でも理性を手放さなかった精神の強靭さ、それだけでは生き残れなかった。どれだけ剣技を誇った豪腕の者も多勢に無勢で倒された。どれだけ弱いものでも上手く死を免れる者もいた。それでも最後の一人になるまで終わらない狂宴の幕を引いたのはラーグであった。
同朋を全て屠ったのはラーグだ。
それを高見台から神官長達が誰が生き残るか賭け事をしながら、この地獄を薄ら笑いを浮かべて見ているのに最後、理性が焼き切れた。
(なぜ同朋が死なねばならなかった。なぜ我に彼らを殺させた。)
気がつくと居並ぶ神官長の首を叩き斬っていた。慌てふためいて逃げ惑う者を背から切り倒す。饗宴の酒盃に血飛沫が飛ぶ。
命乞いをし、ラーグを懐柔しようとする老神官の顔面を突き刺して黙らせる。
(これが神託。これが運命。これが神。)
「お前らが死ねばいい。」
あの時、ラーグは狂っていた。いや今も狂っている。高台の全員がただの残骸になるまで剣を振るった。
陽が登って、祭場が朝日に照らされて、動く者が一人も居なくなった神殿で始まりの戸を開ける。戸の前には何百という神官が皇衣を捧げ持って拝伏していた。
ラーグは何十人という人間の血糊を浴びて、その前に立ったのだ。
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「詰まらぬことを思い出した。」
皇の漆黒の瞳が嗤う。
「我が生き残り、我がこの国の皇になった、それだけだ。」
それが運命と言うなら、ラーグはそれに屈服するしか無い。今、自分が死ねば、正にこの夏至に舞っていた神官たちが《夜明け》を迎える。生け贄の数を増やしたくなければこの歪んだ世界で一日でも長く生きなければならない。それが多くの同朋に手をかけた自分の贖いでもある。
《夜明け》を迎える事なく成人した神官は各地の神官長となる。その彼らが後輩たる皇の卵の殺し合いを享楽とする。
ランスの『血の呪い』のように、人の生は不協和の上に立っている。その足元に多くの骸を無遠慮に踏みしだいて。
ラーグは自分が滑稽で仕方が無い。
(何が皇か…何が神か…)
本当に神ならば、同朋の一人でも救えなかったのか。
本当に神ならば。本当に神ならば。
「…抱いて、下さいませ…」
ルクレシスは皇に情けを乞う。声は掠れている。恐る恐る皇の冷たい顔に指を伸ばす。
ルクレシスには身体を供する事しか出来ない。たとえ皇の一時の慰めにすらならなくとも。
皇はルクレシスを手酷く抱き潰した後、決まって何故か痛みに満ちた表情でルクレシスの身体を優しく包み込む。薄れ行く意識の端にいつも映っていたものだった。
だから、身体は軋むし、皇を受け入れる場所も熱っぽいが、まだ大丈夫だと微笑んで見せる。自分を抱いた事でそのような顔をして欲しくは無い。
「自分で請うたのだからな」
いつものように酷薄に皇が嗤って、白い肢体を開いてくる。皇の陽根がルクレシスの身体の隙間を埋めて、二人の身体がぴったりと重なる。
舌が絡み、唾液が混ざる。体液が下肢で混ざり合って零れていく。
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