第二章 1-1.序開

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第二章 1-1.序開

 微睡んでは繋がって、瑠璃の宮が意識を飛ばして、ラーグが微睡んではまた繋がる。陽の光が眩しい。  伽役の陰茎は革紐を解かれて、何度も何度も白濁を吐いたせいで、今は力を失って透明の粘液を鈴口から時折零すだけになっている。  もはや声も出ないらしいが、屹立で穿つ度に色めいた吐息が上がる。  ラーグはルクレシスが完全に意識を失うとその身体を抱き上げて、寝台を降りた。どちらのものとも分からない体液の混じって互いの身体を汚している。  流石にこれ以上抱こうとは思わなくなって、ラーグは伽役を抱きかかえて、湯殿に向かう。皇がいつでも浸かれるようにと用意されている湯殿で自身の身体と意識のない夜伽の身体を清め、湯に浸かる。  陽の光の中で見ると一層と細く白い肌が際立つ。しかし衣服から露出していた場所は夏至の祭祀で陽に焼かれたのであろう、赤く熱を持っている。その上にラーグが掴んでつけたであろう指跡、散らした鬱血痕が散っている。  どこもかしこも細く脆い。自分とは対照的な身体だ。この身体でラーグを受け止めようというのだから笑止の沙汰だ。結果としては、やはり耐えきれずに意識を失っている。  湯に落ちないように抱え直す。深く寝入っているらしいが、その身体中から力が抜けていく。首がぐらつくので腕に凭せかけた頭が、ラーグの胸に擦り付けられる。まるでむずかる幼児のようだ。    湯に浸かるうちに、身体の気怠さは抜け、頭がはっきりしてきた。天中節で滞っていた執務にも手をつけねばならない。 「世話しておけ。」  瑠璃の宮の身体を側仕えに渡して、自身も湯から上がる。  侍従にいつもより多めに褒美を渡すように、休養を摂らせるようにと言いつけた。今回の伽は虚弱体質のあれには荷が勝つ勤めだったろうから、暫くは人事不省でも仕方がないだろう。 「紫水を呼べ。」  呼んだ紫水は嫌味交じりの挨拶をしてくる。 「皇におかれましては、今日はゆっくりとお休みになられたようで。」 「お前も休めたからいいだろう。」  皇が行動している限り休みのないのが侍従長だ。主が休んでいても働かなければいけないのも侍従長だが。  紫水が既に纏めていたらしい天中節中の状況について報告書を読み上げて行く。 「この度、最南の()の五十四の村のうち十二の村が皇都に上がってきませんでした。この辺りは税の納入も遅れ気味です。」 「一昨年の高波で沿岸部がさらわれた地方か。」  冰は皇土の南端に位置し、先々代に征服された被支配者層の土地だ。その地形から荒天に見舞われやすく、かつ漁業に頼っているため、災害の度に極貧に喘ぐ事になっている。  貧しい辺境は旨味が少なく、大体の貴族からは敬遠される。そして中央から遠いために、好き勝手に振る舞う輩が出てくるのが辺境だ。ただし、貿易のために沿岸部は重要だ。元々の皇土は内陸一帯であったので、沿岸部は皇国にとって悲願だった。アデル帝国との大小の戦の末に五十年程前に帝国の執政官の首をとって征服した土地だ。  冰の民は殆どが土着の民族であり、帝国民でもなかったため公的奴隷としてはでなく、皇国民として支配下に置かれてきた。 「妙な思想も流行っているようで、蒼天の真皇と謀る輩も現れたとか。」  皇土が広がれば広がる程に、その威光を行き渡らせることは困難になる。統制をかける為の領主だが、どうやら機能していないらしい。最南の地で何が起こっているのか。よりによって《蒼天の真皇》と騙るか。 「調べろ。今年の視察は冰にする。」 「お言葉ですが、皇自ら行幸頂く様な要地ではございません。」  紫水が慌てて引き留めに掛かってくる。最南まで行くと皇都をより長く空けることになる。更に皇都から遠いため情報の行き来に時間がかかり、危険を察知しづらいという難点もある。だから紫水としては嫌なのだろう。  領主を問いただすために未だ皇都に留め置いているので詳細に査問します、と提案してくる。だが、肌がざわつく。ラーグに纏わり付いている亡霊(同朋)の影が揺らいでいる。  ラーグが紫水の進言を一顧だにしないことに諦めたらしい。 「…皇都はいかがいたしましょうか?」 「黒曜に任せる。随行は瑠璃の宮だ。」  是、として紫水が内宮侍従に下命し始める。  天中節を終えたばかりで神官も貴族もまだ惚けているのか、決裁急かす事案はそれ程なく、端から片していき、地方からの嘆願書にも目を通す。 「これは既に裁務部にて却下という判断が下されたものでしたが、ご参考までに。」  既に裁務部の朱印が押された冰の数枚の書類を紫水がラーグに示してきた。行幸先が冰となった為、引っ張りだしてきたのだろう。  嘆願書などは1日で数百枚出されるため、裁務部でまず皇の元にまで上げるべき事案を絞り込む。主には誰が嘆願を認めているか、内容に妥当性があるか、資料が揃っているかを基準に却下か上申かが決められる。ここで9割方は却下となるのが常で、特に有力貴族の後添えが複数なければ難しい。上申されたものは裁務部の調査を受けて、妥当と見なされたらば貴族と神官からなる審議会に掛けられる。そこで通過したものが皇の元に奏上される。最終的、皇が決裁印を捺して裁可となるが、皇が認めずに決裁印を押さなければ、そのままお蔵入りになる。 「お粗末だな」  冰からの嘆願書は数枚あるがどれも内容は大差なく、領主から、災害への特例として認めた一年の減税を引き続き認めて欲しいというものであったが、その理由が要は領民が言うことを聞かないからだという、お粗末な理由だったからだ。そもそも減税の処置すら特例であり、その延長は前例にない。裁務部もそのように第一審で即刻却下としたようだ。碌に統治出来ない領主は不要だ。  次の人選も行わねばならない。  行幸は陰の神殿に良き日を占わせたところ、陽の気が強いうちが良いと、非常に急だが来月の出立が決まった。  そして瑠璃の宮が高熱を発したので、七日は安静だという報告も受ける。予想を裏切らぬ貧弱さ、と紫水が呆れながら告げた。 「何とか体力をつけられませんかね…」 「さぁな…」  流石に無茶をさせた自覚はあるが一両日程度と考えていた。七日とは。  行幸に随行させる積もりだが、果たして、と紫水が言いたそうな顔をしている。
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