1-2.揺蕩う

2/2
前へ
/157ページ
次へ
 今夜の夕食は何とか全ての物に手を付けられた。元々食の細いルクレシスの胃を出来るだけ大きくしようという目的なのか、いつも大量の料理が目の前に並べられる。無為な時間を過ごす事に耐えきれなくなっていたルクレシスは明日からはいつもの講義が受けられるようにと必死でそれらを食した。  そのおかげか、食後に侍従長は明日から作法の時間も体術、講義の時間も再開しましょう、とにこやかに認めてくれた。作法だけは正直要らないのだが、ルクレシスの存在意義からするとどちらかと言うとそれが最優先だ。  夕食を終えると日に三度の薬の時間であるから水の少年宦官が薬一式を持ってやってくる。彼が来るとつい警戒してしまう。彼にとっても自分にとっても、義務であるから我慢はするしかないのだが。  苦い粉薬を飲み下した後は少年が軟膏の壺を取り出して、寝台に仰向けに横たわるようにお願いされる。腰を持ち上げさせるために枕のようなものを幾つもあてられて、脚を上げさせられる。両膝が丁度顔の両脇に付くようされる。  あんまりな格好に夜伽の準備の香油のようにうつ伏せで塗される方がましだと思うほどに恥ずかしい。出来るだけ明るく見えやすい姿勢で傷を確かめながら塗布したいので、この格好をさせられる。  粘膜が荒れているのは入り口から第一関節分くらいだということで、少年は至極真剣な表情で襞の内側に薬を丹念に塗り込めていく。神経が集中している上に、これまで散々に快感を覚えるように躾けられたそこは、薬を塗布しているだけだとしても、脊椎を刺激して肌を粟立たせる。  塗布を終えた少年の目の前で反応した陰茎が緩く立ち上がってしまう。ばれないようにと身を縮めていても見咎められていたようで、少年の細い指に絡めとられる。 「御奉仕させて頂きますね。先生ももう気を放っても大丈夫と仰って居ました。」  ほっといてくれたら鎮まるのに、少年の温かい口腔内に包まれてしまう。  思わず鼻にかかった声が出てしまう。 「ふ、ぁっ、やめっ、いぃ、から、やめ、て」  やや強引なほどに吸い上げられ、痛みを感じる直前に、亀頭の敏感な部分が上顎の柔いところで擦られる。一瞬で翻弄される。本当は彼からされたことを自分が出来るようにならなければいけないのだろうが、快楽になれていないルクレシスはいつも訳が分からなくなってしまう。  もう出てしまう、と背筋を硬くしたところで、愛撫が止まる。 「口に、頂いてもよろしいですか?」  半ば口に咥えたままで、そこでしゃべられると口の動きと吐息で弾けてしまいそうになる。 「や、く、口、動かさないでっ!だめ、やめ、て」  慌てて手で頭を押しのけるが、限界で精を放ってしまった。宦官が素早く手で受け止めて、最後の鈴口の名残りも指で丁寧に濾し取ってくる。  無理矢理高められて、精を放ったために息が切れる。  「っ…やめてって言ったのに…」 「溜めると気の巡りが悪くなりますよ。」  少年はさっと手ぬぐいで自分の手をぬぐうと、側仕えから蒸しタオルを受け取って、ルクレシスの下腹部を拭っていく。  身体だけ高まると虚しい。ルクレシスは宦官が衣服を整えられたら、その虚しさに耐えかねて、彼に背を向けてしまった。八つ当たりのような態度だと思うが、行き場のな感情を押し込めるために仕方がなかった。  暫くすると侍従長が声をかけてくる。 「薬のお口直しにいかがですか?」  侍従長自ら青果を切り分けたものと冷やした花茶を持ってきた。おそらく不機嫌になったルクレシスへの機嫌取りなのだろう。ばつは悪いがいつまでも勝手に不貞腐れているわけにはいかない。  礼を言って、グラスを受け取って口につける。グラスに水滴が付くほどにキンと冷えており、とても気持ちいい。花茶の清涼感ある香りが鼻を抜ける。とても美味しい。 「お口に合いましたでしょうか?」  ルクレシスの表情を見ている侍従長が微笑んで尋ねてくる。コクンと頷くと、「ようございました」と次は果実を勧めてくる。夕食を無理して食べたせいでお腹は一杯なのだが、不思議と喉越しが良くて食べてしまった。  侍従長はルクレシスの扱いをルクレシス以上によく知っている。  翌朝から侍従長が約していたように講義も再開された。  天中節中はルクレシスも様々が役目があったためずっと講義もお休みだったので、久々の講義だった。  今日は丁度ルクレシスが最も好きな歴史の講義だった。これまで皇国史を創始年から順に追っていって講義を受けている。随所で皇国の始まりに関する始祖神の逸話が様々な形で語られる。  太陽から創世神が現在の皇都の南に位置する始まりの神殿に降り立ったと。火水風木土の神を創造し、彼らを連れて各地に祝福の塔を建てたというものだった。それが各地の神殿とのことだ。創世神は全ての土地を巡ったあと、自分が眠り、生まれ変わる為に夜を創造し、全てのものに終わり()を齎す(つい)の神に夜を任せたと。夜ごとに神は生まれ変わり、朝ごとに新しくされる。そして陰ることのない繁栄を皇国に齎す。  この神話が何を象徴し、何を意味しているのか。皇は贄だとそういった皇の真意は何だったのか。  公の皇国史にはこのような記載しかなく、もちろんルクレシスに付けられている教師は皇国の公人として、それ以外の解釈を述べるようなことも無ければ、ルクレシスもそれを問うような愚も行わなかった。  皇がルクレシスに寝所で教えたのは、この見えているものと見えないものの狭間にあるものだったのだろうか。
/157ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2672人が本棚に入れています
本棚に追加