7-2.杭打つ ※※

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 ラーグが細い手首を拘束から解放すると、瑠璃の宮は緩々と指を穿たれた耳朶に這わす。石に触り、何が架せられたか分かったらしい。  滴る血がその手を穢す。  見る見るうちに顔色が悪くなっていく。 「…おい」  そのまま昏倒した。身体を揺さぶるが反応はない。痛いほどに締め付けていた後孔も弛緩し、指は真っ白く、爪は青くなっていた。 「皇、血が止まりませぬ!」  先までは黙々と血を拭っていた神官が、余りに止まらない出血に慌て始める。医師でない水の者も簡単な医術は網羅しており、簡単な看護は出来るように教育されている。  穿孔することや止血することは、通常であれば問題なく出来るとのことだった。だが、この身体は普通ではない。  一向に止まらない血、情交で気色ばんでいた顔色は一気に蒼白に、息は浅い。彼等の予想を超えた容態に寝所は騒がしくなる。 「誰か医師を!」  急遽呼ばれた医師が患部に薬草をすり潰したものなどを手際よく当てていく。  一旦耳飾りは取らねばならないということだが、軟骨に開けた穴は柔い耳たぶに開けた穴とは異なり、塞がる事は無いという。  医師は飾りを外して、血を流し続ける穴を塗りたくった薬草と共に強く圧迫した。  そうして、何枚もの白布を駄目にして、血は漸く止まった。 「宮様の御体質かもしれません。血が固まり辛い上に、炎症が強く出られるようで御座います。大分と体が冷えておりますので、発熱されるかもしれません。」  初夜も強引に犯したせいで、生死の境を彷徨った身体だ。初夜は体格差などを考えれば非道の無体であったことは確かだが、今回は何て事のない耳飾りだ。だがこの騒動。  医師も予想外の事態に戸惑い気味で、この普通では生じえない症状を個人の体質に帰するべきか、血の濃さに帰するべきか、口を濁す。  寝台の絹に散る鮮血の点々とした痕にラーグは苛々する。 (鎖に繋ごうとすれば、この手をすり抜ける…手がかかる)  宮にし、誓約の石でその心身を縛り付けるはずだったのに、強引に手をだすと脆く崩れる。  このまま体調が安定しない可能性のある宮を、宮の者達に返すか、むしろ皇都に帰すかと閨番の侍従が恐る恐る伺ってくる。及び腰なのはラーグが苛立っているのを感じているからだろう。 「帰さん。どうせ馬車だ。寝ておればよかろう」  瑠璃の宮に充てがわれた旅室に帰すこともせずに、敷き直させた寝台に寝かせる。病で熱発するわけでもないため、そばに置いておいて感染るわけもない。今更、男娼を呼んで、中途半端なところで放り出された閨の続きをさせる気にもならない。血の気のない身体を腕に抱きいれ、床につく。  存外に朝が早かったせいか、ラーグにも眠気が訪れる。 「…ぅ…あ…」  夜半、か細い魘された声でラーグは眠りから浮上した。  抱える身体の手足の先は冷たいのに、額は温石のように熱を放っている。医師の見立て通りに熱発したようだ。当たらなくてよいことはよく当たる医師だ。  閨番が冷水に浸けた布を額や首、手首、足首など血の集まりやすい部分に当てていく。寝台が水で湿って不快になるため、再度、瑠璃の宮を下がらせましょう、と伺いを立ててくるが一蹴する。水で冷えて体調を崩すような季節でもない。そんな柔な身体の作りでもない。  熱発している当人は悪夢なのか悪寒なのか、身体を抱き込んで震えている。 (憐れだな…)  平生寝ているときにはあれほど擦り寄ってくるくせに、辛いときには自分の殻に閉じこもる。  自身の身体を固く抱いている両の(かいな)を解かせる。色を失うほどに握り込まれた手の指も一本ずつ開かせて、ラーグの背に手を回させて、胸の中に抱き込んだ。  抱き込んでもラーグの腕が余ってしまうほどに細い身体だ。背に回した指がしがみつくように背に爪が立ててくる。言葉にならないうめき声を断続的に上がる。  手が宙をかいては力なく落ちた。 「捨てないで…一人にしないで…」
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