8-2.寵愛 ※

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8-2.寵愛 ※

 穿孔されて数日後の夜に再び耳飾りが付けられた。皮膚が再生しすぎると多く出血するかもしれないので、ある程度、傷口が安定してからつける方が良いという医師の意見があってだった。  閨で皇に刺し貫かれながら、医師や神官たちが多く同席する中で、神官が蒸した布で注意深く傷口を覆う痂疲を落とし、耳飾りを付けた。 「っっいっあぁぁぁーー」  大粒の貴石を支えるために軸の部分は太く、少し塞がり始めていた孔が引き攣れ、じんじんとした痛みが生まれる。  帳を開け放って、痴態を使用人たちの目に晒される恥辱や執拗に体内に与えられる苦しい熱、耳朶の痺れるような疼痛で頭の中がぐちゃぐちゃになる。  彼らの視線から逃れたくて、堪えられない喘ぎを止めたくて、皇の寝台の枕を顔に押し付けるがすぐに皇によって無慈悲に取り払われてしまう。 「シス、隠すな。」 「あっ、やぁっ…あっ、も、ーーひっぃんっ……」  名を呼ばれて突かれると、心の臓が跳ね、一層甘い疼痛が広がり、余計に正体を失ってしまう。  いつ帳が落とされたのかも気が付かない程に翻弄されていた。  日の出とも出立の準備が始まるが、初日以降ルクレシスは瑠璃宮に与えられている馬車に戻ることも叶わず、皇の側に留め置かれていた。  皇と同乗する馬車は緊張する。体力尽きて人事不省のまま馬車に乗せられている時もあるが、目が覚めてまで怠惰な恰好は見せられない。  だから皇の横に座して、只管、窓の外を見ている。皇は政務に関して紫水の宮に一言二言命じることがあっても、その他は本に目を落とし、一言も話さない。ルクレシスに詩を吟じさせたり、歌を歌うようにという余興を命じたりもしない。もちろん出来ないのだが。時折、無聊のためにルクレシスで手遊びをするくらいだ。  だから、ルクレシスも一言も発さずに、窓の外を見ているだけだ。だが、それは新鮮な驚きに満ちていた。広々と広がる大河や岩場、草原など、目にしたことのない光景ばかりだからだ。 「うみ?」  対岸が見えない水辺にルクレシスは気が付かぬうちに呟いてしまっていた。 「海?あぁ、そこはオリ河、川だ。」  顔を上げた皇がルクレシスが見ていた窓を一瞥して、そう教えてくれた。  翌日から毎日、今日の出発地の朱の入った地図を手渡されるようになった。  休憩地に入れば皇の天幕に設えられた椅子の足元に敷布とクッションが置かれて、そこがルクレシスの侍る場所となる。  そうすると皇の手慰みに丁度良いらしい。放っておかれることもあれば、時折、髪に指を絡め、耳朶の石を弄り、首筋に指を這わされる。そうして愛玩されることが習いになっている。  毎日、朝夕に鷹の足に結わえた文書を皇都との間でやり取りしているらしい。  皇土は広い。地平線まで広がる皇土を何週間と馬で駆けなければ、皇国の南端には行き着かない。そして皇都の北にはまた皇土が広がっている。途方もない規模の土地と人民を統べるのが、この自分の主たる皇で、この皇の一言で全てが決まる。その言葉の重みはどれほどなのか。皇都に代理が居ようと、皇が皇でないことなどないのだ。  今も黒曜の宮から飛ばせた文の報告を聞きながら、皇は手慰みにルクレシスの首筋に指を這わせている。最初はルクレシスが皇への報告を聞いてしまっていいものか、下がるべきか逡巡したが皇の手がルクレシスの首を押さえているので、下がれと命じられない限りはその場に残るのだと理解した。  だから執務の最中は邪魔をしてはならないと出来るだけ気配を殺して、動くまいとするが、首筋を気まぐれに爪で引っ掻くように撫ぜられると、身体に馴染みのある痺れが走ってしまって、身じろぎしてしまいそうになる。 「…皇、こちらに裁可を賜りたくございます」  紫水の宮はあくまで事務的な声で仕事を進めていく。ルクレシスの存在は無視して、皇の前の移動用の机に玉璽の準備をさせ、皇に印をもらおうとする。  その中でルクレシス一人が身体を粟立たせているのがひどくはしたないように思われる。皇のただの手遊びだと、必死で熱を逃がすが、ルクレシスの身体は毎夜の閨房作法の仕込みと皇の調教によって、その本人の心を無視して悦楽に染まりやすくなっている。首筋を行き来する手だけで、ルクレシスの心臓はどくどくと音を立て始める。  呼び起こされる感応を押し込めるために必死で息を詰めて耐える。  夕に飛ばすための飛び文を皇の命と印を完成させると、紫水の宮はさっさと退出していった。 「っ、ん…」  つとめて平静でいようとするが、紫水の宮が退出していったことに安堵して吐いた息に熱が思わず漏れてしまう。慌てて、両手で口を押さえて、声を殺す。  一仕事終えた皇は軽装になっているルクレシスの開いた襟元から手を差し入れてきた。 「堪こらえるな」  主人たる皇からの刺激に抵抗するルクレシスを咎めるように、胸の飾りに爪を立てられる。 「いっ…あ、申し訳、ございません…」  ルクレシスの羞恥心に反してずきずきする乳首が熱を持って、敏感に立ち上がってしまう。  皇のもう片手でルクレシスの頤をつかんで、仰向かせる。口を押えていた手は払われ、そのまま口腔を蹂躙された。舌を甘噛みされ、口内の粘膜を擦られる。それだけで頭の芯が痺れてくる。 「欲しいか?」  皇の嗤うような言葉に初めて自分がもっと胸も愛撫してほしいというように無意識のうちに身体を擦り付けていたことに気が付く。  その淫らさに石のついた耳まで血が昇る。 「お前から口付けろ。」  顔から火が出るほどに恥ずかしいが、皇の命に従わないことが余計に惨劇を呼ぶことは身をもって知っている。  ルクレシスは膝立ちになって皇の薄い唇に恐る恐る舌を這わせる。皇がするのを真似て舌を絡めてみる。ぴちゃぴちゃと水濡れの音が天幕に控えめに響く。  皇の腕によって、そのまま抱え上げられ、皇の膝の上に乗せられる。短衣の裾が捲られ、背を撫でられる。その手はそのまま下ろされて下衣に差し入れた。  後ろから尾骨を撫ぜあげられ、唇を合わせながら、びくっと背がしなってしまった。後孔にまで指を這わせられると、恐怖から逃げたくなる。しかし、後頭部と腰を抑え込まれているため、逃げられない。  抱かれるために前準備をしていないそこは乾いており、もし暴かれたら酷い痛みになる。皇はその積もりなのだろうか。冷や汗が出てくる。  不意に背後でコトン、と硬質な音がする。ささやかな衣擦れの音で、そこに人が居ると分かる。  皇の手が離れ、栓を抜く音と共に蠱惑的な香りが広がる。嗅ぎなれたそれは閨で使われる香油だった。  香油が使われることに安堵すべきか、閨でもない場所で抱かれることを悲観すべきか。  しかし、ルクレシスに拒否することは出来ない。身も心も明け渡すことを誓わされたから。
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