9-2.表と裏

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 領主の館では盛大な祝宴の準備が進められていたが、巡幸での瑠璃の宮への投石と侮辱によって領主は顔面蒼白だった。  皇の使いから宣下が齎され、皇の名の下に詮議を行い、追って領主には然るべき責を問うと言うものであった。  祝宴どころの話ではないのだが、かと言って皇を歓待する祝宴を開かなければ反逆罪に問われる。 「何てことをやらかしてくれたのだ!」  苛々と忙しなく歩き回る領主に取り巻きたちがあたふたと付いて回る。 「まぁ落ち着かれよ、領主殿。まだ投石した本人は捕まっていないらしい。迅速に仇を成した人間を捕縛して、領主の名の下に略式裁判を行い、処刑してしまえ。」  目深にフードを被った男が一人落ち着いて寝椅子に寝そべって、慌てふためく領主に面白そうに言う。 「略式裁判なんぞ火の神殿が黙っていない!無茶を言うな!」 「今は火の神殿だと何だと言ってる場合ではないのではないか?あんたの首が飛ぶかどうかだろう。」  彼を窮地に陥れた張本人の男がそう嗤うので、領主が真っ赤になって怒りだす。 「お前が私に便宜を計ると言うから、これまで好きにさせていたのだぞ! 投石はお前の指示か!?裏切り者めが、お前の首を晒してやる!」 「なるほど、残念だ。領主殿には早々に舞台を降りてもらおうか。」  男がゆったりした動きで寝椅子から立ち上がると、取り巻き立ちがひっという恐怖に引き攣った声と共に顔を背ける。フードが動いて、そこから見えた面貌は皮膚が解け、赤く爛れていたからだ。気の弱い者が見たら、卒倒しそうな風貌だった。  なのに、ゆったりと長衣を捌いて立ち上がる仕草は優雅と言っても良い。立ち上がり、一歩一歩と領主に近づくその男の前に立ちはだかって、領主を守ろうとするものは居なかった。  男が領主の首を掴んだ。男の爛れた顔を見慣れた領主ですら、その威圧に息が出来なくなる。この二目と見られぬ顔でありながら放たれる威圧感に、領主はこの男に決して逆らえぬことを悟った。まるで皇を前にしていた時のような威圧感だ。ただそこに立っているだけなのに。 「分かった…わ、分かった。お前の言うようにする。」  慌てて領主は両手を挙げて、逆らう意思がないことを示す。ここまで来たら毒を喰らわば皿までだ。最後まで利を食うのは自分だ。 「お前は私に責が及ばぬようにしろ。ばれて危ないのは、邪教の始祖のお前だろう。」 「あぁ、分かった。領主殿も首尾よくしろよ。」  男がにやりと嗤ってくう応じる。引き攣った口元が歪むのは幽鬼のごとく、領主は自分が手を出してはいけない者に手を出したことを悟った。先ほどまでの野心は急速に萎んだ。  男は領主にそう答えながら、全く領主を護るつもりも邪教を隠すつもりもなかった。むしろ皇を呼び寄せる餌になった領主は既に用済みだ。 (久々の御対面か…愉しみにしてたぜ、宵天)  顔面全部を覆う火傷で動かない顔の口の端が上がる。  光が強くなればなるほどに影は濃くなる。どちらが光で、どちらが影か。
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