9-3.宴 ※

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9-3.宴 ※

 祝宴は何事もなかったかのように始まる。  ルクレシスは過度に華美に着飾され、重い気持ちを引き摺りながら宴席に侍る。  宮達の席は皇から一段下に用意されていて、皇の右から紫水、赤水が座し、ルクレシスの席が左に配されていた。全員が揃った所で主賓の皇が領主の先導の元に最上段の席についた。 「シス、お前は此処だ」  皇は席につくなり、宮として座していたルクレシスを呼ぶ。自分の足元に侍るようにと。宴席の給仕係はルクレシスにさせるということだ。 「…はい」  領主の元の使用人達が慌てて、領主の持ち物の中で最も価値のある敷布とクッションの類を皇の足元に敷き詰めて、瑠璃の宮のための場を設ける。  皇の座が設えてあるのはルクレシスが今立っている段の一段上だ。最も尊い者の段に上がる畏れに躊躇いながら、一段上に足をかける。最も高い段の足元に膝を付き、皇の足に口づけて、その足元に侍る許しを得る。  今、宴席の全ての者がルクレシスを注視しているのを感じ、戸惑いで顔を伏せる。  皇の為に設けられた段には皇以外如何なる者も上がってはならない。給仕係も一段下から給仕し、皇の侍従長であっても、宮であっても、公式な場で皇の為の最上段に足をかけることはない。  そこに上がることを赦された者、瑠璃の宮は宮の中でも皇にとって特別な存在である事が公式の場で示されたのだ。それは今後、瑠璃の宮に不敬が有れば、皇に対するそれと同じように罰せられるという明白な脅しだ。  その光景は美麗な少年がペタリと最上段で皇の足元に座す光景は異様で、冰の領主を始め、高位神官も貴族、皇都からの随行貴族も瞠目している。 「息災か。」  祭礼等の準備のために暫く御前から下がっていたルクレシスに皇が問う。叩頭しながらルクレシスは努めて平静を装って声を出す。 「お陰様をもちまして。」  皇はルクレシスの言を信じていないのだろう。叩頭して応えるルクレシスの顎を掴んで、顔を上げさせた。  髪は前髪も一緒に細く数本に分けて編み込まれて、幾筋か額にかかるように計算されて横に流されている。あまり顔色の良くない顔に前髪で影が出来ると、余計に表情が暗く見えると髪結い係が慮っての髪型だ。化粧もいつもより濃い目に施されている。いつもは透けるような白い肌が野暮ったくなるので、あまり化粧粉を使わないのだが、血色を良く見せるために今回は紅石を砕いたものを混ぜてはたいてある。 「…まぁよかろう」  火石(ひせき)の光の下で化粧で誤魔化しているのを皇が目を細めて見るが、咎められずに済む。  領主の口上で厳かに皇の行幸を歓ぶ祝宴が始まった。  出席者達は皇座を不躾に注視するわけにいかないが、足元に侍る類稀な寵を欲しい儘にしている宮の一挙手一投足に全神経を向けているのが感じられる。  ルクレシスは居た堪れないものの皇の酒杯に酒を満たし、料理を差し出す。時々思い出したように皇は皇の為の料理の一部をルクレシスに手ずから食べさせ、酒を飲ませる。ルクレシスはあまり酒に強くなく、酔いから顔が上気してしまう。それでも手元が狂わないように給仕を行う。  皇の前では領主が趣向を凝らした様々な催し物が行われている。  少年達が衣装というには際どい腰布だけつけて妖艶に踊ると、会場の内の何人かの目がそれに釘付けになる。ルクレシスに向けられる視線無き注視が幾分減って、人知れずルクレシスは息を吐き出す。  宴席の貴族達は気に入った者を後で領主から買おうと考えているのだ。踊り子達も皇の目に留まろう、貴人に買われようと一層扇情的に踊る。  ルクレシスは酒を入れたガラス器を握りしめる。彼らの四肢が余りに蠱惑的で享楽的に舞い、その様を見ていられない。  目を伏せようとした瞬間、十数人の踊り子達の中心で踊る少年とばちりと音が鳴るほどに視線がかち合った。正視することすら不敬に当たる宮に対して、少年はまるで睨みつけるかのごとくきつい視線を投げてきたのだ。  それは一瞬でルクレシスがえ、と思った次の時には彼は腰布をはためかせ、靱やかな脚を魅せる様に駒のように回っていた。見間違えだったのかもしれない。  一層、場が盛り上がり、歓声が上がる。群舞が終わったようだ。 「皇、御前で剣舞を披露させていただいても宜しいでしょうか?」  中心で踊っていた少年が弾んだ息のまま、声変わり前というような鈴の鳴るような声で申し出てきた。皇が取次の侍従に好きにしろと許可を出すと、剣舞で模擬試合をして、勝ち残った者が最後に皇から褒美を貰うということになる。    十二、三歳頃でまだ身体の出来ていない少年たちの剣舞なので、拙いところもあるがよく仕込まれた技を次々と披露していく。中央で踊っていた少年は優美な舞と技で順当に勝ち上がっていく。 「へぇ、あの子…」  皇より一段下で豪快なペースで酒をあおっていた赤水晶の宮が感心したような声を上げる。 「何だ、気に入った子がいたか?」  やはり稚児趣味だったか、と紫水は胡乱な目を横に座る赤水晶に向ける。  しかし、赤水晶の目は珍しく真剣だった。 「あぁ」  剣舞を申し出た少年と一団の中では年長だろう長身の青年が剣を交えあっている。その少年に視線を向けながら、赤水晶は言う。 「使い方がさ、まだ全然こなれてないんだけど、あれは始まりの神殿の神官達の剣技に似てるなって。」 「まさか、こんな辺境の地で?」 「ところどころ変な癖が出ちゃってるのと、体が小さいせいで剣を扱えている範囲が狭いけどね。だから面白いな、って。」  始まりの神殿は皇国中にある陽の神殿の中で皇都の神殿のみを指す。《夜明け》に皇が立ち、最も権威がある皇国中の幾千の神殿を取り仕切る主神殿である。  始まりの神殿で育てられた神官たちが最高位神官になり、各地の主要な神殿の神官長に配される。()にも始まりの神殿の出身の神官が配されてはいるだろうが、まさか始まりの神殿のお家芸が冰の末端まで伝わっているとは思えない。 (…何かがおかしい…)
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