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1-3.籠の内
微睡んだ主の背に腕をそっと入れて、筆頭側仕えのジダは主を抱え上げた。その眠りを妨げないように、慎重に歩く。主は眠りが浅い。
だが顔色の悪かった主の頬が緩んできて、ジダの腕の中ですぅすぅと規則正しい寝息を立て始めた主にジダの頬も緩む。
起こさぬように細心の注意を払いながら真新しい夜着に召し替え、そっと寝台に下ろす。肌をお拭きし、服に腕を通させて頂く時にも任せ切ったように身じろぎもされない主に、身体を任せて頂ける望外の喜びが心を満たす。
他の役の者が念入りに整えた寝台の上にそのお身体を降ろす時、肌が離れてジダの腕から、主の温かみがなくなると酷く寂しさを感じた。
(私の宮様…)
瑠璃の宮様の体調は安定されたものの、お気持ちの方でのお疲れが出ていることは侍従長からの達しがあり、使用人達はみな心配していた。あの事件が宮様を苦しめているのではないか、宮様はランス国の王族であり、様々な事情から閉鎖的なところで暮らしておられたので、ああいった血生臭い事件等には不慣れなのではないかと侍従長は推し量っておられた。
皇自らが瀕死の状態の主を抱えて戻られた時に、逆賊の血と主の血が入り混じった状態で、ジダは胸が痛みで掻き毟られ、無念の涙が止まらなかった。
自分の主がこのような目に遭うなど信じられなかったし、主をお守り出来なかった使用人として情けなく、自害してお詫び申し上げたい程であった。
「呆けておらず、すぐに身を清めて差し上げなさい!」
主の帰還を血を吐く思いで待ち望みながら、いざ凄惨な目に遭われた主の姿に酷いショックで動くことが出来なくなってしまっていた使用人達を侍従長が叱咤した。ジダもはっとして、血糊を拭き取って差し上げるためのお湯を取りに走った。つられて同僚達もめいめいに自分の為すべきことに手を動かし始めた。
あの時の瀕死の状態から宮様は何とか頑張ってくださった。しかしあの事件が主を未だに苦しめるようで、折角寝入られても苦しそうに頭を振られて起き上がってしまわれる。目が覚めた後も夢の続きを見ておられるかのようにごっそりと生気を失った瞳は痛々しい。
今はただ健やかに眠って傷ついた心と身体が癒えられることを願う。
ジダは自分の役目を終わったので、弁えて下がろうと静かに一歩下がろうとした。
眠っておられる宮様の眦から涙がこぼれていく。
(お辛い夢を見ておられるのだろうか…)
主の涙に無力感を感じながら格上の侍従に任せるために身を引こうとしたジダの指が畏れ多くも宮様の細い指に弱々しく掴まれる。
「…****…」
ジダの分からぬ言葉で宮様が何かを口にされる。主の眠りを邪魔して起こしてしまったかと焦ったが、どうやらまだ眠っておられるようだ。閉じられた瞼が涙の雫で濡れて、唇が小さく動く。それは皇国語ではないようだ。ジダには解らぬ言葉だが、直感で「行かないで」とおっしゃっておられるような気がする。この指から伝わる仄かなぬくもりが、行かないでとジダに命じているように思う。
それは勝手な思い込みで、一介の側仕えの身分で思い上がりなのだろうか。しかし、主の涙を見ていると一人この広い寝台にお残しすることに寂寞とした思いがする。もちろんジダが下がって、侍従が1人か2人か、主の眠りを守られるだろう。
ただ畏れ多くも、宮様がジダの指でも役にたつと思って下さるなら、陽が暮れて、また陽が昇るまで、皇の元に還られるまでお側に居させて頂こう。
(…宮様、ジダが必ずお守りいたします…)
主を喪ったと知った時の気の狂うような時間、主が戻られた時にジダの心臓が裂けてしまうほどの痛み。そのことでジダは悟った、自分の主はこの方であると。
本当は真名捧げてお仕えしたいが、ジダの勝手な忠誠を押し付けるのも烏滸がましい。
ただ心の中で誓う。初夜の時にかけられた「ありがとう」という言葉と「行かないで、側にいて」と心に聞こえてきた声がジダの宝物だと、そっと心にしまって、熱が離れていかないことに安心したかのように穏やかな寝息になった主の側に控え続ける。
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