2-1.半身

1/3
前へ
/157ページ
次へ

2-1.半身

 陽が昇ったばかりの頃に重い激突音が響いている。  一際激しく模擬刀同士が打ち合わされた後に、訓練用に潰された刃が滑らせて剣を跳ねあげた。  跳ねあげられた剣は持ち主の手から離れて地面に突き刺さる。 「参りました、皇。」  剣を失った赤水が膝をついてラーグに頭を垂れた。珍しく悔しそうだ。  それでも赤水を降したラーグは息を切らしているが赤水は少し息が弾んでいる程度だ。体力的にはまだまだ行けるのだろう。 「真正面からばかり打ち込む馬鹿がいるか。お前の太刀筋は見えすぎる。」  膂力だけで叩き潰そうという力勝負の赤水は体力的にはまだまだ余裕がある。これ以上打ち込まれたら、ラーグの方が力負けするぎりぎりのところでラーグが絶妙な力をずらす剣技で辛勝した形になる。  小細工などしない豪快な剣筋で赤水の性格そのものである。 「戦場では問題がないのですが…精進します。」  一度戦場に出ると、赤水は有り余る体力と豪胆さで敵を薙ぎ払っていく。その一騎当千の豪快な戦いぶりで兵の士気を鼓舞する様は軍神かくや先鋒隊の千人隊長の立場に恥じないものだ。  ただ皇との手合わせともなると今のところ赤水に白星はない。 「皇、また手合わせをお願い申し上げます。そして畏れ多いですが、勝ちを頂いた日には汚名返上と一つ願いを聞いて頂きたい。」 「好きにしろ。」  いつも手合わせの最後はラーグがとる。赤水が皇に気を遣って手を抜いているというのではない。また赤水が弱いということでもない。ラーグと赤水の相性というものだろう。赤水の太刀筋を読んで力負けする前に去なすのがラーグの剣技だ。  今回の赤水はいつも以上に剛毅で迫ってきた。これまで気を抜いていたというわけではないだろうが、今回皇相手に、早朝の手合わせという場で本気で打ち込んできたには勝ち星が欲しい差し迫った事情があるらしい。  赤水が皇の鋼鉄の剣を一撃でへし折る位の怪人級の膂力が無いのであれば、力一辺倒の戦い方では勝ちは遠い。赤水にも小賢しさが必要なのだ。黒曜のような。  一緒に育ったわりに全く対極的に育ったものだ。 「皇。皇は瑠璃の宮のどこがそれほどお気に召されたのか?」  立ち上がった赤水が藪から棒に聞いてくる。突然の問いかけにラーグは眉を顰めた。  紫水すら遠慮して聞いてこないことを直球で聞いてくるあたりが剣技と同じだ。回りくどくなく裏のない性格は好ましいが、場合によっては些か不躾で不快だ。 「気に入ってなぞいない。」  あれは気に入っている、気に入っていないなどという次元ではない。 「真名(まな)を交換されたとか。」  ラーグが立ち入られる不快に目を細めても躊躇うことがない。 「瑠璃の宮は元はランス国の王族とのことは、いつか国に帰るのではないのですか?」  不機嫌をあらわに話を断ち切ってラーグは休憩用に設えられた椅子から立ち上がった。答える必要のない質問だ。  赤水が拝跪するのを無視して、打ち合いで流した汗と砂埃を落とすために湯殿に向かう。 (そう、あれは異国人だ…)  赤水に指摘されて苛立ちが増す。 (だが、手放しはしない)  側にいると誓いながら、傷病によって移動ができずに冰の地に留まった半身に、そういう生き物だと解りつつも苛立ちを覚えていた。  その苛立ちを解消するために赤水に打ち合いに付き合わせたのだが、ルクレシスをどうするのかという不意の赤水の言葉で余計に気分を害された。  あれはラーグの感情をひどく刺激する。  側仕え逹に体を任せて湯を浴びる。ラーグが不機嫌だからか湯殿に緊張感が漂っていた。それでも黙々と作業を続けていく位には皇の使用人達は慣れている。  湯から上がると赤水も湯を浴びてきたようでこれからの移動のための軍装に早々に着替えて控えていた。ラーグも軍装の支度をさせる。  行きは馬車と輿での移動だったが今は最小限の随行者と騎馬による強行軍である。黒曜の采配に誤りはないが事態は黒曜の決裁の範疇を超えているため、一日でも早く帰城しなければらない。  赤水もらこれ以上要らぬ口をきく気はないらしい。
/157ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2675人が本棚に入れています
本棚に追加