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しかし哉多が不当に非難されるのも気の毒だ。わたしは慌てて首を振り、正直に弁明した。
「いえあの、そういうわけじゃないんです。哉多が無理にとか強引で仕方なくとかは…。一応、ちゃんとお互いの合意の上のことなので。えーと、どこまで続くかは。…正直わかりませんが…」
だからといって正しく恋人同士、と扱われてみんなに祝福されてめでたいとなるのもまた違うし。ただのお互い遊びっていう割り切った非公式のセフレなんです、とも言えずに後半の台詞がもにょる。そこの意が漠然と伝わったのか、彼女はしたり顔で頷いてくれた。
「大丈夫。関係ができたからってじゃあいきなり婚約しろとか責任とれとか騒いでことを大きくしたりはしないよ。むしろまあ、一応職場でもあるんだし。あまり大っぴらじゃなくほどほどにね、って注意しとくくらいかな。ていうか、眞珂。あんたまだ二十歳だよね?」
「え、はい。そうです」
五月が誕生日だから、間違いなく。と自分の頭の中で確認してから頷いた。学校卒業してからしばらく経つし。自分今何歳だっけ、と一瞬迷うことが前より増えた気がする。
茅乃さんはやや重々しげな顔つきで考え込んだ。
「とすると年明けに成人式か。あんたが嫌じゃなければわたしの振袖貸してあげるよ、その時は。…どのみちまだ一生の伴侶を決めるにはお互い若すぎだし。だいいちあんた、哉多なんかでいいの?って気もこっちから見たらある。なんか、手近なところで手を打った感じ満々なんだよね。眞珂、やっぱり進学して。そこでもっといろんな人と交流して視野を広げてからの方がよくない?結婚とか考えるのはまあそれからだよね、最低限」
「結婚はさすがに。全然そんな話はないですよ」
もの思わしげに嘆息されて憮然となった。いやあの、身体の関係できたからって即結婚って。そういう年代じゃないんで、わたしも哉多も。
二十歳と二十二歳でしたから結婚不可避とか、そんなこと考える奴普通いないでしょ。
茅乃さんは胸の前で腕を組んでちょっと忌々しげに中空を見上げた。
「いやあいつにはきちっと責任取れって言いたいのはやまやまなんだけどね。責任取られる方はたまったもんじゃないから。眞珂なら絶対もっといい相手がいると思うんだよなぁ…。ま、そういうわけだから。あんまり将来を決めるの早まるんじゃないよ」
「あ。…はい」
怒られる、と思ってたわけじゃないけどすんなり認められてそれはそれで毒気を抜かれた。とりあえず素直に頷くと、彼女は言葉を継ぎつつわたしの背後の給湯スペースの方へちら、と視線を流した。
「やっぱり大学とはいわないけど、来年の四月から少なくとも専門学校くらい行って資格取った方がいいかな。人脈もここに閉じこもってるとなかなか広がらないしね。そこであいつよりもっといい相手見つかれば言うことないんだけど…。あ、あと。避妊だけはしっかりね。それで責任取られても、生まれてくる子もたまったもんじゃないからね」
「あ、はい。…大丈夫です」
そこは向こうに任せっ放しだけど。最初のとき以外はさすがに避妊具持参を欠かしたことがないのでそこは助かる。遊び慣れてるからついうっかりが生命取りってことは重々承知してる模様だ。
「とにかく、困ったことがあれば躊躇なしで即わたしに相談しなさい。悪いようにはしないから。…あ、すみません常世田さん。わあ、コーヒーだ。ほんといい香り」
話を不意に切ってから中腰になって彼を迎える。常世田さんがトレイに三人分のカップを乗せてこちらへ戻ってきた。
「下鶴さんの好きな季節限定ブレンド、今年も出てたから。この前あの店の近くに行ったついでに仕入れときましたよ。…奈月さんもどうぞ。これ、酸味がなくて味わいが濃いので。結構おすすめですよ」
「そうそう、これ。去年もこの時期こればっかりだったなぁ、懐かしい。今年も同じの出てたんだね」
和気藹々と盛り上がる二人。そんな茅乃さんと常世田さんをぼんやり見つめながら、この人たちって長いことほぼ二人きりで仕事してるんだよな。完全に気心知れた感じだけど、お互いそういう気って全然起こらないもんなのかな。片方は既婚者だし。
とか、さっきまでの話もすっかり忘れてコーヒー談義を始める彼らの会話を聞き流しながら、ほとんど意味のないそんなことに何となく考えを巡らせていた。
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