第20章 予想に大幅に反して重い

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第20章 予想に大幅に反して重い

そんな風に夏も明け、また何度目かの秋の薔薇のシーズンが近づいてきていた。 暑さはややおさまってきたけどまだそれなりに気温が高い。それでも真夏よりは庭での作業はだいぶ楽になった。やることも増えてきたし、今年もまた忙しくなるな。と考えつつふと手を止めて庭園から改修工事の音が響いてるお屋敷の方へと目をやった。 ホールの改装は日々着々と進んでいるようだった。 もうそろそろ庭園の一般公開とカフェの開店時期だけど。その邪魔にならないように公開期間は一旦工事を止めるか、って話にはなってる。 でも呉羽さんの意図としては今年の冬のクリスマスパーティーか新年の会合でぴかぴかのホールをお披露目したいとのことなので。完成は最低限そこに間に合わせたいようだ。 改装したてのホールいっぱいに人を集めて派手にパーティーか、と思うと柘彦さんほどじゃなくてもわたしでも相当うんざりする。今年はひどく落ち着かない年末年始になりそうだ。 不意に、去年の大晦日とお正月を思い出してしまい図らずも胸がうっと強烈に詰まる。 いつも通りみんなが帰省したり自宅に戻る中で。帰るところが他にないわたしたち二人だけで静かに年越ししてたよな。そういう日々がずっと続く、来年も同じように一緒に年末年始を迎えられると信じて疑いもしないで。 こんなことになるなんて全然思ってもみなかった。 もう二度とあんな日は戻ってこないんだなぁ、と悲しい実感が胸にひたひたと迫ってくる。 高望みはなくてただ時々二人で顔を合わせてどうということもない話をして。一緒にご飯を食べたりコーヒーや紅茶を飲んだりしてたまに静かな時間を共有できればそれでよかった。 ささやかな願いだと思ってたのに。そんなことさえもう叶いそうにない。 絶望的な気分になりずん、と肩が重くなってバラの柵の前に屈んだ。はぁー、と憂鬱なため息が喉から自然と漏れる。 なんか、何の希望も夢もないなぁ。わたしはこれから。何を心の支えに生きていけばいいんだろ。 のろのろと機械的に作業を再開したところでふと土を踏みしめる音が近づいてくるのに気づいて顔を上げた。今日は師匠は顔を出さない日だと思ってたけど。お屋敷周辺から離れた柵よりこっちのエリアまでわざわざ来る人、庭園非公開の時期はまず滅多にいないんだけどな。誰だろ。 澤野さんか茅乃さんかな、と踏んでそっちの方を見やると接近してくる人影が視界に入った。 薔薇の植え込みは丈がさほど高くないから、視界を遮られることもなく相手の顔は遠くからでも簡単に見て取れる。哉多の機嫌よさそうな呑気な顔が薔薇の間をぬって近づいて来るのを見て取りなぁんだ、と拍子抜けた。 澤野さんから用事とかなら、思えば携帯に連絡してくるのが普通だもんな。館のみんながわたしに連絡取りたくなったら、広大な庭を探し回らなくてもすぐメッセージを送れるようにとスマホは常にポケットに入ってる。お屋敷からだいぶ遠いこんな庭園の端っこまでわざわざせかせか歩いて呼びにくるんじゃやってられないもんね。 声が届くくらいの距離になったところでこっちから声をかけた。 「おはよ。朝からどうしたの。今日来るって前もって聞いてなかった気がするけど」 まあ、何かここに用事があるんだってことなら。わたしにいちいち断らなきゃいけないなんて決まり、もちろん全然ないから。特に構わないんだけどね。 哉多は満面の笑みを浮かべて両手を挙げてぶんぶん、と大きく振ってみせた。まるで飼い主を見つけて尻尾を振りながらまっしぐらに駆け寄ってくる犬っころみたいだ。いや別に、こいつを飼った覚えはないけど。わたしとしては。 「急に休講になったから。就活の予定も今日は入ってないし、思いきって来ちゃった。なんか手伝えるかなと思ってさ。眞珂、忙しいだろ?そろそろ時期的にカフェの準備もあるし」 「そんな。そっちこそ忙しいでしょ。たまに空き時間できたんならそんなときくらいゆっくり休めばいいのに」 わざわざそれで高速とばしてきたのか。と内心呆れる。往復だけでも結構かかるのに。そんな時間があるならその分眠ったりぼうっとしたり、近所でも散歩してればいいと思うが。 奴は全くその台詞が響いた風でもなく、軽く首を振っただけでためらいなくずんずんと植え込みの間の通路を進んでこちらへと近づいてきた。 「だって、今週はまだ眞珂に会えてなかったからさ。チャンスがあったらそりゃ、会っときたいもん。明日の朝から面接あるから泊まってはいけないんだけどさ。だからなるべく早くと思って、もう朝から来ちゃったよ」 「あ。泊まらないんだね、今日は」 ちょっとほっとして心が軽くなる。そしたらじゃあ、今回はあれやらなくていいんだ。 「夜ご飯はどうする?食べてから帰るの。あんまり遅くなるとそれから車運転して都内まで戻るのつらいよね。夕食の時間、いつもよりちょっと早めにしようか。昼から一人前増えるって澤野さんに連絡しとかないと」 「眞珂は几帳面だな。そんなのあとでもいいんじゃない。…まずはこれが先だろ。俺たち会うのちょっと久しぶりなんだから。…さ」 作業の手を止めてたところにすうっと近づかれ、あっという間に奴の両腕の中に収められた。
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