第20章 予想に大幅に反して重い

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だとしたらこっちはつられてそのまま寝入ってしまわないよう気をつけないと。哉多が寝つくのを待ってからそっと腕から抜けて向こうの部屋に戻らないといけない。 こっちもそれなりに使い果たしてるし昼間の疲れもあるから。奴の体温の心地よさも相まって、油断してるとうっかり一緒にすうっと寝ちゃうことあるんだよな。今まで明け方にはっと目覚めて、慌てて自室に帰って何とかぎりぎりノマドが起きる前に間に合ったこと正直何回かある。 こうやって服も着ようとせずにわたしにぴったりくっついて、甘えるように抱きついたまま動こうとしないところを見ると今日は移動する気はないのかな。朝まで一緒に過ごしたいときは向こうから言い出すのがいつものことだし、と哉多の意図を測っていると奴がわたしの髪に顔を埋めながらふと思い出したみたいに口にした。 「そういえば。俺、就職先決めたよ、最終的に。いくつか候補あってどれにしようかなってちょっと迷ってたんだけど。結局社宅あって福利厚生充実してるとこにした」 「へえ。いいんじゃない、今どき」 わたしは何の気なしに頷いた。 見た目何にも考えてない風に見えて意外にちゃっかり現実的なとこ、実にこいつらしい。そういう外さない選択を取るのはさもありなんだな。 それにしても、そんな大事な話思い出したついでみたいに持ち出すんだな。とちょっと心外な気持ちになる。それなりに友達だと思ってるしLINEで連絡も取り合ってるから、内定もらったらその時点で早々に報告してくれるのかと思ってた。こっちからも就活はどうなの、順調?とか時々尋ねたりはしてたから。 多少なりとも気にかけてるって知ってはいただろうにな。大丈夫、俺結構要領いいから。と自信満々にいつも返してきてたけど途中経過も教えてくれずにうっかり報告忘れてた、みたいにいきなりこれか。 まあ、彼女でも何でもないし。内定もらったよ!とかいちいちその都度連絡しろよ、とか文句言う立場でもない。と一瞬もやもやしたのを抑えて平静な口調で受け流した。 「福利厚生ちゃんとしてたらまともなきちんとした会社なんだな、とは思うけど。それだけが仕事する上で一番大事ってわけでもないから、そこが大丈夫ならいいんじゃない。仕事内容とか長くずっと続けられそうかとか。哉多がほんとにやりたいことができる会社なら。そりゃ待遇はいいに越したことないけどね」 「それは大丈夫。さすがに全然興味ない業種選んだりしないよ、俺って抜かりないからそういうとこはさ。…それで、将来の目処立ったから。そろそろ入籍しない?まあタイミング的には俺の卒業に合わせてでいいかな。と思うけど。いろいろ準備とかもあるしね、そうなるとお互いに」 は。 「…籍?誰の」 流れるように自然に出てきた飲み込めないワードに、蹴つまずいたみたいにいきなり引っかかった。 ニュウセキ?って、どうして急にそんな話に。何か戸籍をどうこうしようって話題、これまでこいつとの間で。出たことなんてあったかな。 唐突な申し出に意味が全然頭の中に入ってこなくて奴の腕の中でぽかんと首を捻り、考え込んで独りごちる。 「入籍って、籍入れるってことだよね。誰が、誰の戸籍に?何でそんな必要があんの?」 あとで思い返せば実に間抜けな反応だが。このときは本当にわけがわからなくてきょとんとするより他なかった。奴はわたしのぽんこつな理解力に怯むことなく悠々と、噛んで含めるように諭す。 「どっちがどっちかの戸籍に入るとかじゃないんじゃない?確か、お互い今の親の戸籍から出て二人でひとつの新しい籍を作るんだと思うよ。結婚するときって、そうでしょ。普通」 「結婚…」 何言ってんだこいつ過ぎる。わたしはすっかり眠気も覚めて、奴の胸から半身を離してまじまじと間近なその真面目くさった顔を見つめた。 「よくわかんないんだけど。何でそうなんの?間違ってたら申し訳ないけど、ひょっとしてわたしとあんたってこと?結婚すんのは」 「そりゃそうでしょ。他に誰がいるのさ?」 当たり前みたいに動じず飄々と肯定されても。だからといってへえそうですか、とはならない。平然とした奴の顔を見返しながら食い下がる。 「いきなりそんなこと言われても。唐突過ぎて意味わかんないよ。なんか結婚とか、軽く考えすぎじゃないの?妊娠とか今のところしてないから、別に責任とか取る必要もないし。一生のことなんだし、思いつきとか軽い気分でそういうの決めるのはよくないと思うよ」 喋りながらも頭の中で、奴がこんな提案を急に持ち出した意図が何なのか今いち測りかねてぐるぐる思い巡らせていた。 考えられるのはわたしが初めてだったから、一応責任を感じてあとの面倒を見るかとなったのかなってこと。ただでさえこっちに身寄りがないから、いい思いだけして放り出すのは忍びないからじゃあ結婚して身分保証でもしてやるか。ってなったのかもしれない。 してみたらそこそこ従順で身体の相性も悪くないし。ってわたしはこういうの初めてだから、比較の対象がないからわからないが。向こうは数々の経験の中ではまあまあな方、と判断したのかもと推察する。
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