第20章 予想に大幅に反して重い

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自分が就職したら今までみたいに気軽にここに会いに来て、気まぐれにわたしを抱いてる暇もなくなるだろうし。だったらいっそ籍入れて手許に置いておけばいつでもできて一石二鳥、とかそういう発想なのかな。 だけど結婚すれば他の女の子とすると浮気とか不倫になっちゃうわけだし。いつ飽きるかもわかんない身寄りのない女を引き取っても、そのうち持て余して扱いに困るのがせいぜいなんじゃないのかなと思うけど…。 「別にわたし、責任とってもらわなくても。そんなつもりであんたとこういうことになったわけじゃないし、ちゃんと一人で生きていけると思うよ。可哀想とか気の毒だからとか同情には及ばないから。わたしのことなんか気にしないで、哉多は哉多に合う女の子を選べばいいじゃん」 奴は何を感じたのか、いきなりきゅっとわたしを抱きしめるといつになく生真面目な声で話をきっぱりと遮った。 「責任とかそういう考えじゃないよ。ていうか、するときにはもうお前と結婚するって決めてたから、とっくに。もっと言うとずっと前から俺はそのつもりだし。あ、この子だって思った。だから気分とかその場の乗りで決めたことじゃないよ、心配しなくても」 心配はしてないですけど。 奴の身体の重みに閉口しながら、わたしは話の成り行きがよく飲み込めないまま素直に疑問を口にした。 「この子だって、何が。…話の筋が全然読めないんだけど。一体いつの話してんのよ?」 哉多は自分が変なことを言ってるって自覚もないのか、ためらいもなく平然と受け応えた。 「だから、初めてお前に会ったとき。まだ改装中のあのサンルームで眞珂を見て、あっこの子だ。俺のための唯一の女の子来た、ってぴんと来たんだ。だからそれっきり、もうその日以降すっぱり他の女とは全部フラグも切ったよ。誰とも二人きりで遊びに行ったりご飯も食べてない。もう二年以上お前だけだから」 「は」 なんか、信じられないことを耳にした。わたしは奴から上体を引き剥がし、改めて間近なその顔を見直す。 「二年以上前って。…わたしたち、全然何でもない頃じゃん。ていうかこうなったのはつい最近だと思うけど。わたし、なんか勘違いしてたのかな。そんな話あったっけ、これまで?初めて会ったときに。何か約束とかしてた?」 パラレルワールドに引きずり込まれたみたいだ。 初めて会ったとき、カフェに改装中のあのサンルームで。茅乃さんに哉多を紹介された場面を何とか脳内に再現しようと努める。眉根を寄せて真剣に考えたけどわたしの方では何か特別なことを言われたって覚えがない。好きだとか付き合ってくださいとか。いや初対面でそんなこと切り出されたらまあ、普通に引くしかないけどさ。 奴は微塵も動じず、当たり前のことみたいにけろっと言い切った。 「いや、お前は普通だったよ。俺のことそんな風に見てないのはちゃんとわかってた。だけどこっちはそうもいかないからさ。俺の今までは間違ってた、これからはこの子のことだけ考えようってその場で決めて。そのくらい、…なんていうか。惹きつけられたんだよ。いろんな女の子と気軽に取っ替え引っ替え遊ぶなんてつまらないことなんだ。世界にたった一人のこの子のことだけ考えてる方がずっと楽しいって。生まれて初めてわかったよ。だから、お前が振り向いてくれない間も。全然つらいとは思わなかった」 「えーと…」 淡々とそんな説明されても実に反応に困る。ていうか。予想に大幅に反して。…なんか、重くない? 口調はあっさりしてるけど内容が半端なくずっしりプレッシャーなんですが。わたしは困惑しきってどんな表情をしていいのかもわからず、結果苦りきって口を開いた。 「わたしの記憶が正しければ。好きとか付き合ってとかも一度も言われてはいない気がするので…。それで二年間お前だけだった、とか言われても。今さら責任取れないよ。流れでわたしとこうならなかったらどうするつもりだったの?」 奴は覚悟の決まったと思しき爽やかな笑顔であっさりと答えた。 「こうなってなくてもどのみち、就職決まったらプロポーズしようって思ってた。お前案外鈍いし。これははっきり言わないとわかんないんだな、ってのは何となく察しがついたから…。眞珂は勘違いしてどうやら俺が遊びのつもりと思ってんのかなとは漠然と思ってたけど。いちいち訂正するとかえってびびって引いちゃいそうな気がしたからさ。恋愛感情はないと思わせといた方がむしろ都合がいいかな、と」 「はあ…」 わたしは毒気を抜かれて抱きしめられるに任せてじっと胸の中で考え込んだ。…なんか。いくら何でも悟り過ぎじゃない? 確かに。これまでの経過を思い起こすにどの時点でお前しかいない。結婚しようって言われても引かないポイントがない気がする。身体を初めて重ねる時でさえ、始める前に好きだって言われてたらこっちはそんなつもりじゃないって拒絶してたと思う。 お互い、都合がいいから合意に至ったんだとばっかり思ってた。向こうはその場限りの快楽を、こっちはつらい気持ちを紛らわす適当な慰めを得るための行為に及んだんだって。 あのときはもうとっくに、わたしと将来結婚するつもりだったとか。…あとからこうやって種明かしみたいに打ち明けられても…。
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