第20章 予想に大幅に反して重い

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軽い気持ちでこいつを受け入れて。いつの間にか着々と既成事実を積み重ねられて、気がつけばとっくに外堀を埋められてたのかもしれない。と初めてそのとき思い当たった。 哉多の方はずっと黙ってたことを明かしてちょっと肩の荷が降りたのか、どこか解放されたみたいにさばさばした声でいつものあっけらかんとした調子を取り戻して続ける。 「まあ、深く考える必要はないよ。お前は周りに他に将来を考えるような男もいないだろうし。ありもしない可能性を考えてあれこれ思い悩むより、思いきりよく目の前の選択肢をすぱっと取っても。そんなに間違いはないんじゃん?俺と一緒にいるの、そんなに悪くはないだろ。そばにいても気楽で疲れないし会話はちゃんと弾むし身体の相性もいいし。仕事も決まって将来の生活の心配もしなくていい。正直場に流すような札じゃないと思うよ、自分で言うのも何だけど」 「う、ん」 立板に水で流れるようにまくし立てられて思わず気圧される。ひとつ一つの言葉自体はそりゃもっともで、あまり反論の余地はない気がする。だけど全体としてはそのまま受け入れるわけにもいかないんですが。 頭を奮い立たせて何とか活路を見いだそうとあがく。 「あの、わたしまだ二十歳になったばっかだし。哉多もこれから社会人ってとこだから、お互いこれから変わっていくところもあるかもだし。…まだ全然急ぐ年頃じゃない、のでは」 奴は急に感極まったみたいにぐ、と抱きついてきてわたしの顔を自分の胸に押しつけた。 「だからこそだろ!お互いいろんな世界を見て変わっちゃう前に全部決めたいの、俺は。お前も俺も、もう他のやつになんて出会わなくていい。今のこの状況をかっちり閉じ込めて、そこに一緒にこもればいいじゃん。早すぎるとかそんなの関係ない。お互い巡り合っちゃったらもうそこで上がりでも。別に問題なくないか?」 「だけど専門学校。…進学しようと思って。お金も頑張って貯めたし」 どんどん逃げ場を塞がれていく気がして何とか突破口を見いだそうと頑張る。奴は駄目駄目、とばかりにきっぱり首を振ってわたしの頭を撫でた。 「そういうのももういいから。お前は帰る家がないってことで、将来自立しなきゃって努力してたんだろ?だけど俺と結婚すればそれも解決するんじゃん。もう生活の心配も必要ないよ。ちゃんと住むところや福利厚生も充実した会社を選んで決めたって言ったろ。そんなに人生投げ打ってまで庭師になりたいの。何が何でも絶対に?」 そんな風に考えたことない。自分に何とかできそうなことは何なのか。必死に考えたけどそれしか思いつかなかった、ってことは事実だ。 何より庭師になることが人生で最大の目標だ、って咄嗟にきっぱり言葉になって出てこなかった。不覚だ。 それでも流されるままに受け入れるわけにはいかない。頭を頑張って巡らせて何とか結婚への不安要素をかき集めて並べる。 「う。…でも。哉多のご両親は、さすがにうんとは言わないと思うよ。まだ就職したばっかりでいきなり結婚とか。もう少し仕事に慣れてから考えた方がいいんじゃない?って思うのが親心でしょ。ましてこんな、身寄りのない怪しい身許の小娘…」 奴はわたしがそれ以上言葉を続けるのを防ぐみたいにひし、と顔を自分の胸に押しつけて黙らせた。 「そんな風に自分のこと言うなってば。お前が独りぼっちなのはお前のせいじゃないじゃん。むしろ、いい加減な親の被害者ってことだろ。うちの親だってその辺は理解してくれるよ。別に鬼でもなんでもないんだし…。それに。眞珂本人を見れば絶対安心するって。きっと気に入るよ、お前のこと。何たって大人しくて控えめで頭よくて可愛いし」 いやそれは。…褒め言葉のつもりかな。なんか、複雑な気分。 大人しいなんて、ただ単にどの場面でどういう行動をとるのが最適なのか自信がないからおどおどと引っ込んでるせいにすぎない。全く褒められた要素とは言えないっていうか。むしろ欠点に入るのでは。って本人としては忸怩たる思いなんだけど…。 奴はわたしの反論をむぎゅう、とさらに両腕で頭を深く抱きこむことで完全に防ぐと弾んだ声で主張を重ねてきた。 「それにさ。うちの両親、実はかやちゃんのことすごい信用してんだ。仕事ができて頭も切れるいい子だって…。あの人が目をかけて可愛がってるってことなら。きっとちゃんとしたまともな女の子だろうって納得してくれること間違いなしだろ。何も心配要らないよ」 いやそれは。…わたし自身の手柄じゃ全然ない。ので。 茅乃さんへの信頼度がわたしへの評価に飛び火するとは。盲点だった。 だけど、彼女がいくら頭が優秀で人物ができてたって。だからこの子もそうだろうって判断されてもね。過大評価はあとが大変で困る。 …いや違うだろって、わたし。それはこのまま素直に結婚するならそうだろうけど。そもそもそんなことにならないよう、きちんと回避しなきゃならない事態なのでは? こいつと半年後に結婚する、なんて。…うっかりそんなルートに入り込んじゃって、本当に大丈夫なのか?
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