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わたしの不興を感じ取って、機嫌を取るように背中から声をかけてくる。わたしは何もかもを受け入れられなくてしっかりと目を閉じ、自分の中に籠城してこもった。
じわ、と涙が伏せた瞼から滲み出てくる。
何でわたし、こんなことしてるんだろう。
不意にたまらない嫌悪感で全身がざわついて、わあっと叫んで全部を遠くへ投げ捨てたくなった。
嫌いじゃないけど恋の相手じゃない男。したって構わないけど別にしなくてもいい行為。
そんな暇つぶしみたいな、あってもなくてもいいつまらないことで。自分をみっともなくさらけ出して尊厳を手放した。我を忘れて快楽に溺れるところを特に愛してもいない相手に見られた。
こんな女、もう柘彦さんの隣には並んで立つ資格がないなぁ。いや最初からそういう意味では全く釣り合わないし、可能性があると思ったこともないけど。
まっさらな汚れていないわたしにはもう戻れない。あの人と正面から向き合って、曇りない笑顔で目と目を合わせて何でもない会話をいつまでも交わしてた。そんな関係にはもう二度となれない気がする。
あの頃のわたしはもういない。わたし、汚れちゃったんだ。
悔しくて悲しくて自分が情けない。あんな風に玩具みたいに弄ばれて、悦んでそれを受け入れた。もっともっと、とみっともなくねだった。我に返ってあとから思い返すとぞっとするし、自分の身体がたまらなく厭わしかった。
「…眞珂。…ま〜か、ちゃん?」
哉多の手がわたしの肩にかかってそっと遠慮がちに揺する。わたしは子どもみたいに嫌々と頭を振って固い拒絶を表そうとむきになって更に身を縮め、ますます自分の内側に閉じこもった。
「しょうがないなぁ。そんなに気にする必要ないのに。…俺は何とも思わないよ。むしろ、嬉しかったのに。眞珂が全部俺の前でさらけ出してくれて」
「あんたがどう思うかじゃない」
いけない、とわかっているのに哉多に八つ当たりをしてしまいそうだ。このままじゃきっとありったけの刃を振るってどうしても奴を傷つけずには気が済まなそう。
呼吸を整え、最大限冷静さを取り戻しつつ安易な慰めは要らないことを示そうと適度に突き放せる言葉を探した。
「…わたしがわたしを、どう思うかなの。哉多は関係ないよ。自分で自分にぞっとして、もう考えるのも嫌。…消えてなくなりたい」
哉多の手のひらを振り払いたかったけどベッドの上は狭く、そこまで大きな動作をする余裕はない。そのまま肩を覆うように置かれた奴の手が、丁寧にゆっくり何度もわたしを撫でた。
「…眞珂は繊細だな。自分で自分の反応に驚いて、傷ついちゃったのか」
わかるよ、と小さく呟かれてあんたに何がわかるの?と言い返したいのをぐっとお腹の底で堪えた。
「そういうことあるよね。してるときは興奮して頭に血が昇って夢中だけど。終わって冷静になると何で俺、こんなことしてんだろって虚しくて冷めるときある。…今じゃないよ、もちろん。俺は眞珂としたあと。嬉しいとか幸せとか、ありがとうって思いでいっぱいだし。冷めた気持ちになったことなんてこれまで一度もないけどさ」
「…わたしが悪いの?」
少し疾しい気分が湧きかけたのをかき消そうとやや攻撃的な声を出す。そりゃ、こいつは終わったあとに我に返ってぞっとすることなんてないでしょ。
やってやった、感じさせてやったって達成感とか勝ち誇った気持ちとか。どうせ男なんてそんなもん、女の側のこんな後悔やおぞましさ。理解できるわけない。
幸せ、とかありがとうなんて。どうせそれをごまかすための欺瞞じゃんと頭のどこかで疑いつつ同じような気持ちになれないわたしが悪いわけじゃない。そんな風に思えないのはこっちがより非情で冷酷なせいじゃないよ、と自分に強めに言い聞かせた。
哉多は気を悪くした風もなく、やけに優しげな手つきでわたしの髪を撫でながら辛抱強く説き伏せようとする。
「そうじゃないよ。女の子は男と違って、やっぱ傷つきやすいし脆いものなんだなぁって。自分と同じように考えちゃ駄目なんだよね」
わたしの顔にかかる髪をかき分けて除け、頬にごく軽く唇を当てた。
「俺は自分も気持ちよければいいほど嬉しいし、眞珂が感じてくれればくれるほど幸せでテンションも爆上がりだけど。でも、感じることそのもので傷つくってことだってあるんだよね。そんな風に自分が考えたこともなかったから。悲しい気持ちにさせたって思い及びもしなくって…、ごめんね。眞珂」
「別に。謝らなきゃいけないことなんか」
予想してたのと違って、ふざけたりおちょくったり、何だよお前だって感じてたのは事実だろ。あんなにびくびく悦びまくってたくせに今さらカッコつけてお高くとまってもしょうがないじゃん。とか無神経そのものな返しはされずに済んだ。
哉多なら平然と悪びれずそのくらいのことは言うだろうとばっかり思ってたのに。何だか少し調子が狂う。
当たって悪かったかも、って罪悪感とそうは言ってもまだ納得できないやりきれない気持ちが混ざり合って、頬を寄せられるのを振り切るように顔を遠くに背けた。
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