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「わたしが勝手に落ち込んだだけだから。嫌なら応じなきゃいいのにのこのこあんたの部屋まで来ておいて、あとから感じたくなかったとか言ってもしょうがない。わたし一人の問題だから哉多は悪くない。ただしばらく放っといてくれればそれでいいよ」
「そんな、放っとくなんて。…できるわけないよ」
丸めた背中に温かい身体がぴったり寄り添った。囁く声が耳に触れると同時に両腕ですっぽり、背後からわたしを包み込む。
「眞珂が落ち込んだのは俺のせいだろ。絶対口挟む権利あるよ。大体、やり方にデリカシーが全然ないのがいけなかったんだ。感じて切なく悶えてるお前を見るのがぞくぞくするくらい大好きだから、興奮して調子に乗っちゃってさ…。眞珂がそれで傷ついて、心ん中で血を流してることなんて。想像もしないでさらにぐさぐさと傷を増やしてて」
奴はきゅう、と肺から軽く空気が抜けるほど力を込めてわたしを抱いた。いつになくやけにしんみりした声で耳に唇が触れるほど近くで囁く。
「…ごめんね」
「別に。…わたしの中の超個人的なことだし。終わったことだから」
ストレートに謝られて怒りの持っていきようがなくなり、毒気を抜かれて短く受け応えた。
まあ、こいつに苛立ちをぶつけても仕方ないことは確かだ。次からもうしなければいい。男とベッドに乗らなければこんな思いをすることもないんだ。どうしても必要ってわけじゃない、普通に回避できる不快なんだから。
そんなわたしの思考を察知したのか、奴は全く引き下がる気配もなく愛おしげにわたしの首筋に、後ろからすりすりと自分の顔を埋めた。
「駄目。何考えてるか手に取るようにわかるよ。どうせもう二度とこいつとやらなければ万事解決、とか雑な解決法とるつもりでしょ?背中がそう言ってるよ、眞珂」
「…どうせね。どんだけわかりやすいんだか、って。…そう言いたいんでしょ?」
背中は喋らないよ。何かとひとの身体のいろんなとこにいちいち喋らせたい男だ、と内心で突っ込みつつ、それだけわたしが見え見えで気持ち隠せてないってことだから。我ながらちょろくて情けない。
哉多はわたしの身体を自分の皮膚でぴったりと包み、甘みを帯びた声でさらに熱心に訴えかけてきた。
「俺はやだよ。これからもずっと眞珂とこうやってくっついてたいもん。お前と一緒によくなりたいだけで、苛めたり悲しませたりしたいわけじゃないんだ。だから、ああいうやり方眞珂が嫌なら次から絶対しないよ。ちゃんと優しく丁寧に、宝物みたいに扱うから。…これからも俺としよう。眞珂」
一生懸命下手に出ちゃって。ただ手近な身体でお気軽にしたいだけのくせに、必死か。
そう言い返したいけど言葉が喉につかえたみたいに出てこない。不意に、わたしを包み込む温かい大きな身体の存在感が急にリアルな実感をもって心に迫ってきた。…こいつ、あったかい。
今哉多を突き放して関係を絶ったら。一時的に溜飲を下げてちょっとだけ気分はすっきりするかもだけど。
その代わり今後のわたしには、もう誰もいなくなっちゃうな。
誰もわたしに弾んだ声で会いたかった、と言ってはくれないし。何とか都合をつけて訪ねてきて、やっとお前の顔見れたなと嬉しそうに笑う人もいない。夜な夜な部屋を訪ねて身体を重ねることも。こうして肌と肌を直に触れ合わせて、あたたかな体温に束の間の心の慰めを得ることも、もうできなくなる。
お互いの核心に触れたことはただの一度もない。だけどこいつだけが、わたしの皮膚に直に触れるほど接近してきた唯一の人間なんだ。
哉多がいなくなったら。わたしはこの世界でまた独りきり、誰にも求められずに取り残されちゃう…。
わたしは胸の前に回されてしっかり重ねられた奴の腕に両手をかけて添えた。俯いて向こうが聴き取れるかどうかの小さな声でぼそぼそと呟く。
「別に。しなくても生命とられるわけじゃないし。ああいうのなしでもわたしは全然、構わないけど…。こうやってただ何もしないで。くっついてること自体は好き。かな」
「…うん」
奴は言葉に詰まった、といった風でわたしの髪の中にぱふ、と顔を埋めた。ややあってからくぐもった声が髪を伝わって頭に直に響いてくる。
「俺も好き。眞珂とこうしてるの…。もちろん、したいのも事実だし。嘘は言えないけどさ。でも、お前が嫌がることはしないようもうちょっと本気で気をつけるよ。だから、これからもこうやって。二人で会ってくれるよね?顔見るのも嫌だとかではない?」
ぽわん、としたイノセントそのものなのほほん顔の哉多が脳裏に浮かぶ。本物はちなみに今、わたしの襟足辺りに埋まってるので視界には入らない。実に見かけ倒しな男だ。本質は絶対に、見た目ほど天然でも和み系でも考えなしでも全くない。
だけどどういうわけか嘘つきでもないんだよな。サイコパスばりに心にもないこと平然と言ってのけて、心も痛まなさそうなキャラにも見えるのに。
過剰にいいことも言わないしあえて実際見積もったより酷くこき下ろしたりもしない。正直さと裏のなさは唯一、こいつの美点て言えるかも。
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