第19章 空虚を埋める

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つられてかわたしもこいつといると正直になりがちだ。ていうか、嘘言うメリットがない。いろいろ隠す必要があるほどわたしは哉多に自分を実態よりよく思って欲しい、って気持ちがないから。 わたしは首の後ろに奴の呼吸の温かさを感じながら、少々不承不承にぼそぼそと応えた。 「…顔見るのが嫌とかはない。ていうか、あんたのこと嫌いとかはないから。本当にただ自分の中の問題だし。哉多にここに来て欲しくないとかは。…全然ない」 「じゃあ、これからも来ていいってことだよね。…キスは?」 背を向けてる肩に手をかけて優しく促され、渋々仰向けになって上から覗き込む奴を見上げる。上体を起こして覆い被さるように屈んで顔を近づけてきたけどGOサインが出るまでは待つよ、とじっと眼差しで求められ、仕方なく頷いた。 「別に、今さら。…キスくらいなら…」 やけに優しく柔らかなキスを唇の上に感じて諦めの境地で軽く口を開いた。 しばらくの時間ののち、哉多はふかっとわたしの上から両腕で身体を包み込んで軽く全身の重みを与けた。 「…ああいうのもうやめる。眞珂を苛めたり焦らしたりしないよ。終わったあとに幸せそうじゃなく、泣く眞珂は見たくないから」 まあ、あれくらいなら比較的手加減してた方だったんだけどね。想定以上にお前が繊細で傷つきやすいってわかったからって小さい声ながらやや呑気につけ足すあたり。やっぱり哉多は哉多だ、とちょっといらっとさせてくれるけど。 「今まであの程度は女の子を欲情させてあげるためのスパイスくらいに思ってたから。悦ばれはしてたけど怒ったり泣かれたりしたのは眞珂が初めてかも。もっと過激なのがいい、って要求されて結構な創意工夫しなきゃいけないこともあったから。…女の子もほんと、いろいろだよねぇ」 「…そういう乗りのいい子がよければ。別にそっち行けばいいんじゃないの」 無邪気な声で同意を求められてぴき、とまた青筋が立ちそうになる。他の女の子とはもっと盛り上がってたよって自慢ですか。『結構な創意工夫』って、一体何を工夫したのか。まああまり詳しく知りたくはないけど。 奴はさっきよりやや強引に再びわたしの唇を捉え、ちょっと激しめのキスをした。どのくらいまでは大丈夫かって加減を測りつつ徐々にレベルを上げてるみたい。一応、哉多なりにそこは神経を遣ってくれてるってことなんだろう。 わたしを抱いてる腕に力を込めて、すりすりと頭を猫みたいに寄せてきて甘えた声を出す。 「絶対行かない。眞珂がいいの、俺は。お前とごく普通のやり方で優しく丁寧にする方が。どんなエッチで淫乱な女の子と過激なSMプレイするより。全然興奮するし、楽しいよ?」 「そ、…ですか」 わたしは諦めのため息をついて奴の首根っこに両腕を回した。 一体今まで他の女たちとどういう経験積んできたのかは知らないが。まあそれは、こっちには関係ないことだしどうでもいいや。よくわかんないけどいくらでも過激になれるのにわたし相手のときは手加減をしてくれるつもりらしいってことだから。それだけわかってればいい。 次にまた嫌な思いをしたり自己嫌悪で耐えられなくなることがあればそのとき考え直せばいいか。と途中で考えるのが面倒になってぶん投げることにした。難しく思い悩んでも仕方ない。そもそもいろんなことから目を背けて空虚を塞ぐために始めたことなんだし。 「…眞珂。それで、提案なんだけどさ。今日はこれからそっとお前の部屋へ移動して。朝までそこで一緒に寝ない?」 わたしの気持ちが絆されて通常営業に戻ったことに安堵したのか、今度は改めていつもより突っ込んだところを求めてきた。こいつをプライベートな空間に入れるってことだよね。今さらながらどうしよう、と正直ちょっと迷う。 「…あっちではノマドが寝てるし。変に騒がしくすると起きちゃう、かも」 「大丈夫、そーっと入ってってベッドに横になるだけだよ。朝まで変なこと一切しないし。ただ一緒に目を覚ましたいだけなんだよ。起きたとき隣が空っぽなの、嫌なんだ。眞珂の顔いっぱい見てたいんだよ」 ぴったりくっついて甘えるように懇願されてしばし考える。以前もこいつ、こんなこと言ってたな。よほど朝起きて一人なのが苦手なのに違いない。それはまあ、本人の感じ方だから。各々いろいろあるものなのかもしれない。 「うんまぁ…、ほんとにただ寝るだけって。約束してくれるんなら」 哉多はぎゅう、と頬を寄せてきて声を弾ませた。 「やった。ずっとそうしたかったんだ、お前って。絶対終わったあと部屋に泊まってってくんないから…。ホル猫と俺とどっちが大事なんだよって文句言おうかなと思ってた。あ、答えはわかってるから別に返事はいいよ。けど猫が大事でも。そっちの部屋に俺が泊まる分には構わないもんね?することは散々してお互いさっぱりしたあとだから。ただ抱き合って眠るだけだしね」 ベッドのスプリングを軋ませて勢いよく上体を起こした。その辺に脱ぎ散らかされたわたしの服をかき集め、にっこり笑みを浮かべてこちらに寄越してくる。
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