rainy day

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rainy day

ぽつぽつ。 ドドドド ぺと…ペト 雨脚は、いつも違う音がする。 窓から眺めて水滴の量と、そのリズムに全神経を向けた。 7月中旬だが、梅雨はまだ明けない。 あの頃から、この季節がやってくると、少し気持ちが騒めく。 理由は分かっていた。 会いに来てくれることを、どこかでまだ期待していたから。 雨の日に、真っ青な空色の傘。 天に向かって、頭上でくるくる360度回転しながら、うきうきしている様子の傘の持ち主。 20m、10mとこちらへ近づくて来る。 雨なのに、鼻歌なんか歌ってるくらい陽気な人物。 きっとまた、顔を合わせれば、どんな結果になるかもう知っている。 「まーたそんな眉間に皺寄せて。歳とったら、跡が残るよ?」 傘の下から覗かれたその顔は、陽だまりのような笑顔で。 いつも通り。絶対言われると思った。 小言の始まりだ。 「笑うとかわいいんだからさ、ほら。そんな深刻そうにしない」 そして、こちらの眉間に傘の人物の左人差し指を当てられる。 ここだよって。 片方の眉を下げて、困ったように微笑む人と目が合う。 なぜか、その瞳に見つめられると、急に目頭が熱くなる。 「...そうそう。笑って?うん。いいかんじ」 褒められるのは、悪くない。 ずっと、待ち焦がれた瞬間だった。 いつの間にか、空いた片手を繋がれて、大きな手で包まれる。 傘の人は、柔く微笑んだ。 また、なぜか胸が苦しくなる。 そして、ふたりは共に歩き出した。 行く先は、暖かい家。 優しい時間だった。 大切な、一瞬だった。 だからこそ、あと何度、このやり取りを交わせるだろう。 そう思わずにはいられなかった。 認めたくなかったけれど、 一秒でも目を逸らせば 最後になる予感がしたから。 だから、家に帰ってから、写真を撮ろうと言った。 自撮りなんか滅多にしないためか 相手は、少し不思議そうな反応を見せたけど、受け入れてくれた。 それでも、雨の日に、傘の人と、自分と 同じ世界にいるという実感を持ちたかった。 敢えて、玄関前で傘をさしたままシャッターを切る。 カシャ。 もう一度。 カシャ。 見返した画像には、満面の笑みの傘の人。 そして、ハの字に下がった眉のぎこちない笑顔の人。 太陽と雨雲みたい。 極端だったな。 でも、いいんだ。 一緒にいた証を、残せたのだから。 毎年、この季節は特に。 戻ってこない時間だと、分かっていても 玄関には、真っ青な空色の傘が置いてある。 雨の日には、その傘といつも一緒に出掛けた。 ふとした時に思う。 たとえ雨の中でも、待っている時間が好きだった。 心配だったけど。 自分が知らないところで、何かあるんじゃないかって。 だから、いつも不安もあった。 無事に帰ってきてくれることだけを祈って。 雨の中じゃ、上手く探せないかもしれないから。 それでも、会えたらあの笑顔を見られる。 だから、あの頃待っている時間は全然苦ではなかった。 くるくる回る傘を目にすれば ちょっとした感動さえ起こったものだ。 もう眉間に皺は寄せない。 跡に残ったら嫌だ。 もっと不細工になる。 だから、笑う。 泣いても、ぎゅっと口角を上げる。 いつもの小言はもうないから。 自分でなんとかするしかない。 本当は、自分がお婆ちゃんになったとき お爺さんになったあなたに やっぱり皺が増えたなって笑って言われたかったな。 けど、もう大丈夫。 なんとかなった。 傘の人は居なくても 雨の日に、同じ空色の傘をくるくる回せる。 もう、笑える。 だから、心配ない。 何よりも愛おしかった雨の日。 今は ひとりでも歩いて行ける。 これでいいよね? 頑張るから。 だから、傘だけは見逃してほしい。 もうちょっとだけ そばに置いておきたいんだ。 fin
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