丁重なおもてなし

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「な、なるほど……?」  って、いや、なるほどじゃなくない!? 納得している場合じゃなくない!?  一目惚れってなに。初耳なんですけど。だからほしいと思って連れてきただって?  まったくもって予想外の展開になってきた。  言い方はアレかもしれないのだが、新しい玩具を見つけた的な感覚できっと私は連れてこられたのだろうと思っていたからだ。  それなのに「一目惚れしたから」だなんて。  本気なのか揶揄うつもりで冗談を言っているのか、彼の表情があまりにも真顔だったために逆によくわからなかった。  驚きのあまり二の句が継げず沈黙を守ってしまっていると 「あ、そういえばまだ君の名前聞いてなかったっけ。忘れてた」 「え、ああはい……」  タクシーでの移動中、上遠野さんの名前とともに彼も自己紹介をしてくれたけれど、そういえば私はまだ名乗っていなかったっけ。  なんか今さら感すごいなと思うと同時に、間宮さんが話を変えてくれたことに感謝しつつ 「……鈴代華です」 「どういう字書くの?」 「鈴は鈴木の鈴に、代はええと近代とか現代とかの代で、華は華道の華です」  机の上に指でなんとなくそれぞれの漢字を書き示しながら私は説明した。 「ふーん、かわいい名前だね。華ちゃんて呼んでもいい?」 「ど、どうぞ……」 「俺のことは優馬でいいよ」 「は、はあ」  やはり笑うと無邪気で人懐っこい顔になって、どこか大型犬を思い出させる。  ――実はヤバくなかったりするのか。そんなことないわけがないのか。  ――本心なのか。遊びで連れてきたわけではないのか。嘘なのか。都合のいい女を見つけたと思って私を拾ってきたのか。  まあいいか。別に、どっちでも。今は優しくても榊くんみたいに暴力をふるってくる可能性があると、自分の中で納得さえできていればそれでいいのである。肝心なのは最初から期待なんてしないこと。そうすれば裏切られた時のダメージが少なくていい。  ずっとこうやって生きてきた。人の顔色をうかがって、自分を押し殺して、段々考えるのもめんどくさくなってきて流されるまま流されて。  けれど私を見て開口一番に「大丈夫?」と怪我の心配をしてくれた彼を、信じたい気持ちがたしかにあったのもまた事実だった。    結局間宮さんが話題を元に戻すことはなく、好きな食べ物とか趣味とかなんとなく世間話のようなものを交わしながら夕食をすませた。
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