丁重なおもてなし

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 歯磨きも終わらせ、私は間宮さんについて寝室にむかった。 「ダブルベッドだけど俺体デカいから、華ちゃんちょっと狭いかも。ごめんな」 「いや、そんなことは……」 「今度新しいベッド買いにいったほうがいいかなあやっぱ。キングサイズの」  今日は急なことで他に寝具の用意がなかったから間宮さんと一緒に寝るという話になったんじゃなかったっけ。少し前の彼とのやりとりを思い出す。  というか私は別にリビングのソファでもよかったのだ。大判のタオルさえ用意してもらえれば、それをかけ布団代わりにして眠れるぐらいの広さは余裕であった。  なのに二人用のベッドを新しく買うだって? しかもキングサイズの?  さすがにこれが毎日続くのはなあ。ここは華ちゃんが自由に使っていいよ、って与えられた部屋があるのだけれどそこで一人で睡眠をとることは許されないのか。それがダメならせめて同じベッドではなく、横に布団を敷くという方法で妥協してほしい。  などと考えつつ、私は間宮さんのあとに続いてベッドに入った。横になる。  ふかふかで。温かくて。ひどく心地がよかった。太陽の匂いがした。  いつぶりだっけ、と思った。こんな幸せな気分で眠りにつけそうなのは。  寝るのが怖かった。明日が来るのがいつも怖かった。明日は今日よりももっと痛い目に遭ったり辛いことがあったりしたらどうしようかと考えて。  別に自意識過剰とかではないのだが、衣食住のお礼に体ぐらい求められるかと思っていたらそんなこともなく、間宮さんは 「手ぐらいは繋いでてもいいよね? 絶対ほかにはなにもしないから!」  と言いい、私が静かに首を縦に振ってみせると彼は壊れ物を扱うかのような慎重さでそっと優しく左手を握ってきた。  仰向けの姿勢のまま、しばらくうとうとしていたのだがふと気になって 「あの、間宮さん」 「優馬」 「へ」  手元のスマホから目を離しこちらへ視線を送ってきた間宮さんはすかさずそう言ってきたのだけれど、一瞬意味がわからなかった私は妙に気の抜けた声を出してしまった。数秒経ってから「下の名前で呼べということか」と気がついた。 「……ゆ、優馬さん」 「なあに?」  答えた彼の表情はとても満足そうなものだった。心なしか声も甘く聞こえた。 「榊くんて、結局どうなっちゃったんですか」 「華ちゃんが知る必要ないよ」 「え」  再び私の口から間抜けな声が出た。  ――手を上げられていたとはいえ、同じ家に一年ほどともに住んでいた元恋人なのである。少しは心配だったのだ。最終的に彼にはどのような処遇が下ったのかと。  しかし榊くんの名前を出した途端、間宮さんは視界に入れた何物をも凍らせてしまうような冷たい眼ざしを見せたのであった。  ぬくぬくと温まり出していた体から瞬時に熱が消え去っていくのを感じた。背筋に悪寒が走る。 「あ、もうこんな時間じゃん。明日は華ちゃんの生活用品とか買いに行きたいしさっさと寝よっか。俺そのために休みもらったんだ~」 「は、はい」  あの一瞬がまるで嘘だったみたいに、間宮さんはその顔に再び優しい笑みを浮かべると小さい子どもをあやすかのように私の背中をぽんぽんと叩き始めた。  まだ動揺しているうちに電気が消されてしまった。 「おやすみ。いい夢を」 「お、おやすみなさい……」   暗闇の中、頭をなでられた感触がした。  私やっぱり相当ヤバい男に拾われたのでは……!? 今日一番の不安に苛まれつつ、もうとりあえず眠りについてしまおうと目をぎゅっと固く閉じた。
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