835人が本棚に入れています
本棚に追加
ドタドタと激しい足音とともに私の名前を大声で呼ぶ間宮さんの声が聞こえてきた。
一度火を止め卵液の入ったボウルを調理台の上に置くと、何事かとうしろをふり返る。ちょうどダイニングスペースに顔を覗かせた彼とその瞬間、ばっちり目があった。昨日となんか同じだなと思った。
「まみ――優馬さん。どうかされましたか?」
下の名前で呼ぶよう言われたことを思い出し慌てて修正する。
廊下とダイニングスペースの中間の場所に、なぜかきょとんとした目つきをして突っ立っていた彼は、私が喋りかけると我に返ったように肩をぶるりと震わせてからこちらにむかって足早に近づいてきた。
本当にいったいなにがあったんだと考えている間に、気づけば間宮さんに抱きしめられていた。
「な、なん……」
あまりに急だったため、驚きすぎて心臓が止まるかと思った。言葉が上手く紡げない。
「よかった、もしかして華ちゃん家出て行っちゃったのかなって……起きたら隣にいないんだもん」
「あ、ああ」
なるほど、そういうことか。
――別にほかに行く場所なんてないのに、と思う。行ける場所なんて。誰かに与えてもらえる居場所以外に私には行ける所なんてない。そこがたとえ地獄だったとしても。
抱きこまれていたので間宮さんがどんな表情をしているのかはわからなかったけれど、腕の力の強さから彼の真剣さが伝わってくるようだった。
それでつい絆されてしまったのか、私はついこんなことを口走っていた。
「私、どこにも行かないですから」
彼はそれを聞くと今初めて己がしている行動に気づいたようで、勢いよく体を離すとうしろに一歩後ずさった。ばつの悪い表情をその顔に浮かべる。
「ごめん。俺、つい嬉しくて。そっか朝ご飯の準備しててくれてたのか」
「あ、いやなんか勝手に色々やっててごめんなさい。昨日の夜ご飯のお礼とかできたらなって。ま――優馬さんより私料理じゃないですけど」
やはりまだ慣れない。どうしても「間宮」の「ま」のほうが先に出てしまう。
お礼のつもりだったのに、そのあと間宮さんはサラダを作るのを手伝ってくれた。
淹れたてのコーヒー。ソーセージとスクランブルエッグ。きつね色に焼けたトースト。彩り豊かなトマトサラダ。
絵に描いたような完璧な朝食である。
彼は私が作ったスクランブルエッグを食べ、某有名高級ホテルの朝食に出てくる物よりもおいしいとひとしきり誉めそやしてから
「今日のデート楽しみだね」
とこちらにむかって笑いかけてきた。
最初のコメントを投稿しよう!