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ヤバい男に拾われまして
扉一枚隔てたむこう側。薄い壁越しに、人の叫び声とか怒声とか、何かが落ちて割れる音とか鈍い音とか、とにかくありえなくてすさまじい騒音が先ほどからずっと続いている。
扉が閉まっているので隣の部屋が今どんな様子になっているのかはわからないが、かなりめちゃくちゃになっていることだろうと思う。
こんなのいつもの比じゃない。もっとひどい。
ドンッ、と一際大きな音が聞こえてきた。
「あ、しまった。気絶しちゃった」
「おいおい、意識は失わせんなよって言っておいただろ」
「ごめん柊さん」
「ったくしょーがねーなあ」
もう一度ドンッという音がした。
「まあいいや。どうせこんな狭い家の中だしな。片っ端から探してきゃいつか見つかるだろ。ついでに目星いもんあったら持ってっていいぞ」
「お、アラビアンのトースターじゃん! 俺これがいい!!」
それは私が福引の景品で当てて貰ってきた物だった。
数十分前、家に突然二人組が入りこんできた。私はチラリと姿を見ただけで慌てて隣の部屋に逃げてしまったのだけれど、あれは紛れもなくヤのつく職業の人たちだったと思う。首もとからのぞいていた刺青とか、趣味の悪い龍柄のアロハシャツとか。
家主の様子が最近おかしかったのでなにかあるのではないかと密かに思っていたのだが、まさかその勘が本当に当たるなんて。漏れ聞こえてくる二人組の会話から察するに、どうやら彼は組の金を盗んで幹部の恋人と駆け落ちしようとしていたらしい。
「めちゃくちゃ嵩張んじゃねーか。持って帰るの大変だろ。まあこの家に価値のある物があるかどうかって言われればわかんねえけどな。じゃあ俺こっちの部屋探すから、優馬は隣よろしく」
「はーい」
やばい。こっち来る。
「気絶しちゃった」って言ってた声の人のほうだ。多分、刺青が入っててオレンジがかった髪色をしていた男の子。
家主――もといDV彼氏なわけだが、を伸した相手だ。
これ以上逃げ場もなく、かといって怖くて体がすっかり固まってしまって動くことすらできない私はただびくびくしているしかなかった。両膝を抱えこんだ腕がどうしようもなく震えていた。
足音が近づいてきて部屋の前で一度止んだ。
パッと扉が開く。入り口の照明スイッチに手が伸ばされて明かりがつく。
「ひっ!」
「およ」
その瞬間完全に目があってしまった。
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