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ペンが紙の上を走る音、そっとページを捲る音、くすくすと小さな笑い声と、誰かの控えめな咳払い。
それとこの落ち着く紙の匂いが、去年の夏を鮮明に思い起こさせた。
前と同じ曇天の日、同じ図書館。
この場所で僕はまた、彼女を待つ。
空いていた四人掛けの丸型テーブルの上に鞄を置いた。
ゆっくりと置いたつもりだったけれど、中に入れていた水筒がこつんと静かな空間に音を響かせた。
穏やかな凪にいたずらに飛び込んだかのように大きく波紋が広がって、他校の学生達の嫌な視線が集まった。
僕はさも驚いた顔をして頭を掻いた。
わざとじゃないんだというアピールが、どれだけの人に伝わっただろうか。
筆記用具と数学の参考書を出して、勉強に励む振りをする。
上手く溶け込めているだろうかと、何度も顔を上げる。
僕の内にある不純を見抜き、お前は場違いだと睥睨する者は一人もいなかった。
勉強なんて嫌いだったし、本を読むのも好きじゃない。
僕が図書館に来る理由はたった一つ。
一人の女性に会うためだ。
彼女が現れるのは、決まって夏の夕立の時。
雷鳴が唸り、怯えるようにざぁざぁと雨が降る時にだけ、彼女は必ず二階にあるこの席に座る。
夕立のある日には、この丸型テーブルは何故か避けられるようにぽつんと空いていた。
何故かは僕も分からない。
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