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むかしある王国に頭がおめでたく出来上がって大のお人好しであるジャックという百姓が住んでいた。彼にはミュールという上さんがいた。そして同じ百姓で独り者のミックという友達がいた。
ある晩、ジャックはミックを家に招いてミュールが塩茹でした豆を肴に酒を飲み合っていた。その内、ジャックはとてもいい具合に酔って寝入ってしまったが、ミックはほとんど酔っていなかった。何故ならジャックばかりに酒を勧めて自分はあまり飲まずにいたのだ。と言うのもミックはミュールに酌をさせて酒を飲みたかったのでそうしたのだ。
そうして酒が進む内、スケベな下心もあったものか実際むらむらして来たミックは、酔った勢いでミュールに抱き着いた。
「いけません!そういうことわ!」と最初の内、抵抗したミュールであったが、ジャックとはやる気がしなくてご無沙汰だったし、ジャックとやるのとでは求められない女の喜びを知るに至ったので、すっかりミックに柔順になってしまった。
明くる朝、目を醒ましたジャックは、二人がいないことに気づくと、ミックはもう家に帰り、ミュールはもう畑仕事に出かけたのだと思った。が、畑に行ってもミュールがいないのでミックに訊こうとミックの家に行くと、ミックが出て来て彼が言うにはこうだった。
「ミュールはお前が寝てる間に俺を好きになった。だから今日から俺の上さんになってここに住むことにしたんだ」
つまりジャックはコキュよろしく寝取られてしまった訳だが、頭がおめでたく出来上がって大のお人好しだけに文句ひとつ言わずこう言った。
「そうか、これでおらは独り者になったけど、ミックはめでたく嫁を娶った訳だ。良かった、良かった」
呆れたものである。頭がおめでたく出来上がっているにも程がある。お人好しも大概にした方が良い。
そのお陰でミックはジャックとの間に何のいざこざもなくミュールと仲睦まじく暮らすことになったが、ジャックは自分の畑で突然変異が起こって豆の木が蔓と葉を絡ませながらぐんぐん伸びて到頭、天空に突き刺さるほどに伸びてしまった。
それを見るなり頭がおめでたく出来上がっているだけに向こう見ずなジャックは、豆の木の蔓に掴まると、無性に高い所に行きたくなってロッククライミングみたいにずんずん登って行った。で、疲れて手が痺れても下を見て怖くなっても休むことなくがむしゃらに登って行き、小鳥さんこんにちわなぞと呑気に挨拶するゆとりもあったが、漸う天辺に上がった時にはもう一歩も歩けない位くたくたになっていた。
そこは雲のようで雲でない土地が土台の天空の世界で山もあれば川もあり動物もいれば植物も生えているが、草原の向こうにぽつんと見える純金のようにピカピカ光る建物と思しき物を見た日にはジャックは無性に見に行きたくなって疲れも忘れててくてく歩き出した。
こんな高い所にこんな所があるなんて・・・とジャックは不思議で不思議で堪らなくなる程、不思議になりながら歩いて行き、お花さんこんにちわなぞと挨拶したりして遂に目的地に着いた。
「はや~!なんてキラキラしたでっけえ御殿なんだ!」
それを目の前にしたのでジャックは半端でなく魂消てしまったのだ。すると、丁度、金の門の扉がギギ~と金属音を伴いながら開いて中から真っ黒な皮膚を曝け出し赤いデカパンを履いた人食い鬼が出て来た。兎に角、体がでかく筋骨隆々で渦巻パーマの頭の左右から角が生え、目がぎょろっとして丸く鼻は獅子鼻で口が耳まで避け、歯が純然たる牙でおどろおどろしいこと夥しい。
「おう、こりゃまた随分、間の抜けた猿人だなあ」天空には猿山があって猿人が住んでいるので人食い鬼はジャックを見てそれと勘違いしたのだ。「間抜けな面らしく丁度いい所に転がり込んで来てくれた。お陰で猿山へ行って探す手間が省けた。実は召使が今さっき死んだからお前、今日から召使になれ!」
いきなり人食い鬼に命ぜられたジャックは、ぶるぶる震えながら言った。
「あ、あの、おら、むちゃくちゃ疲れてるからちょっと休みたいんだけど」
「たわけ!召使の分際でいきなり用件を聞き入れろとは何たる図々しい奴だ!つべこべ言う暇があったら働け!」
人食い鬼はもっと役に立ちそうな猿人を探すまでジャックを散々扱き使った挙句、食い殺すつもりでいた。
ジャックは人食い鬼の御殿で召使として働くようになってから人食い鬼が不思議な宝物を持っていることを知った。一つは金の卵を産む牝鶏、もう一つはつつくと何でも金に変えてしまう杖、もう一つは独りでに音楽を奏でる金のハープ。いずれも人食い鬼は晩酌の時にテーブルに置いて飲食しながら弄って楽しむのだ。その時、ジャックは給仕をするのであるが、人食い鬼の話によると俺は悪魔から人間の魂の抜け殻の屍をしょっちゅう貰っては食ってるんだが、これらは嘗て悪魔に人間界に下ろしてもらった時に国王の城から強奪した品々だそうでその際、人を何人も食い殺したそうだ。
そう聞いていたジャックは、お人好しだけに忠誠心が人一倍強いので何としても宝物を王様に返してやろうと思った。で、無い知恵を絞って考えに考え抜いた末、そうだ!おらがミュールをミックに寝取られた時みたいに人食い鬼が酔って眠った隙に宝物を盗み出せばいいんだ!と思いついた。
で、そう言えば昨晩も一昨日の晩もチャンスがあったことを思いだし、やっと思いついた自分に対し自分ながら呆れたが、その晩、いつものように人食い鬼の晩酌に付き合って人食い鬼が大いに酔って眠った所で、あっそうだ!人食い鬼の猟銃で人食い鬼を殺してしまえば良いんだ!そうすれば人食い鬼に食い殺された人たちの敵討ちも出来ると更に思いついた。で、猟師の友達と猟に行ったことがあり猟銃を撃つ心得が幸いにしてあったジャックは、猟銃のある別の部屋に行って猟銃を銃弾と一緒に持って来て弾を込めて人食い鬼の頭に向けて猟銃を構え、引き金を引いた。「ズドン!」すると弾は脳みそを掠めて布袋様のように大きく膨れ上がった耳朶にピアスにはでかすぎる風穴を開けただけで終わった。だから人食い鬼がいってえ!と叫びながら起きてしまったからジャックはびっくりして慌てて弾を込めてまた打とうとしたが、その時には人食い鬼が今にも襲い掛かろうとしていた。だから大波のようにジャックに覆いかぶさる形になって的がでかくなったのが幸いして慌てて狙いを定めず打った弾が体の何処かに命中して人食い鬼がドスン!と銃声より大きい音を立ててぶっ倒れた。偶々弾が心臓を貫いていたのだ。で、人食い鬼が死んだと分かったジャックは、やったー!と歓声を上げ、万歳した。そしてテーブルに置いてある宝物を一纏めにして天空の山で薪にする木を集める時に使っていた背負子で宝物を背負って金の御殿を出て行こうとすると、玄関ドアをノックする音が聞こえた。次におい!俺だ!悪魔だ!という声が聞こえて来たのでジャックは奮い立って悪魔も殺すべく猟銃を再び持ち、弾を込め、玄関に近づいた。そして銃口を玄関ドアに押し当て引き金を引いた。「ズドン!」すると、「うぎゃー!」という悲鳴と共にドスン!とぶっ倒れる音がした。やったー!とジャックは再び叫んで玄関ドアを開けると、悪魔が最後の力を振り絞ってジャックの足にしがみついて来た。
ジャックは頭が悪いだけに馬鹿力があるのでうわー!と叫びながら蹴り上げると、悪魔は吹っ飛んで金の門柱にぶち当たって息絶えた。それを横目にジャックは門を出ると、一途に王様に宝物を返したく思っているから軽々と持ち運ぶ、その走る勢いが物凄く豆の木を下りる時も物凄い勢いで降りて行き、あっという間に人間界に降り立った。すると突然変異だからだろうか、死に絶え方も突然で豆の木が見る見る枯れて行って地上にだらっと倒れてしまった。
それを残念に思いながら見届けたジャックは、その足で休むことなく王様の城に行くと、人食い鬼と悪魔を退治した上にネコババすることなく宝物を奪い返してくれたジャックの功績を王様は知ったものだからジャックを英雄として讃え、ジャックに人間国宝の称号を与えた上、これで我が王国は再び豊かに栄える事になるだろうと大いに喜び、一通りでなくジャックに感謝して褒美をこれでもかという位、沢山取らせた。お陰でジャックは大金持ちになって立派な屋敷に住めるようになった。
このことを知ったミュールは、百姓仕事をほっぽりだしてジャックの下へ帰ってしまった。で、ミックは女は現金なものだと諦め、ジャックに媚びるようになった自分も現金なものだと思った。
片やジャックはミックを気の毒に思いつつミュールをお人好しだけに歓迎し、大金持ちになったのに相変わらず百姓仕事を怠ることはなかった。そんな彼を見るにつけミュールはもう働かなくてもいいのに、お馬鹿さんねえと思うのだった。けれども休憩時間になると、思い切り媚を売って然も優しそうに奉仕してジャックを休ませるのだった。
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