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ひとりでいるのがぜんぜん怖くない。孤独最高。ひとり遊び大好き。
幼稚園のときも、小学のときも、中学のときも。私はひとりだった。
ひとりで遊ぶのって気持ちいい。
私の嗜好は高校に入学して最初の衣替えを終えた今も、治癒するどころかますます顕著になってきている。なんて嘘。ほんとは治癒しつつある。
待て。治癒? 別に私は病気じゃない。だから治癒というのはこの場合ふさわしくない。でもそんなことはどうでもいい。問題なのはただひとつ。ひとりでいるのが怖くない昔からの私を貫こうとする本来の私を挫こうとして、最近になって良からぬ私が良からぬ企みをしているということだ。
ようするに、早い話がですね。休み時間をひとりで過ごすのに飽きてきた私がここにいるわけです。寂しいですか。寂しいです。教室にたくさんいる女子諸君、男子諸君、誰か私と一緒に遊びませんか。
私は教壇に立って深呼吸する。覚悟を確立する一秒の間。
よし、今。
「誰か私と遊びませんか?」
教室内の三十九個の能面たちが、能面だから当たり前のように能面そのものの無表情で、私を静かに見つめている。手足の生えた三十九個の能面たちは、やがて私なんかが教室に存在していないかのように私と同じ方向を向いた。背中ならぬ能面の裏側が私には丸見えだ。普段見えないものを見せられるとけっこう興奮する。それが人の性。それは私とて例外ではない。なるほどなるほど。能面の裏側ってのはこんなふうになってるのですね。私は納得してチョークを握り、黒板に大きく〈人〉の文字を書いた。
「ひとはひとりでは生きてゆけません」
私が言うと、手足の生えた能面たちは一斉にこちらを向いた。
「そのとおり。でも日高未来はひとりでも普通に生きていけます。間違いない」
能面たちは言った。
「そうだ間違いない」
「間違いない」
「ちげえねえ」
能面たちが笑った。なぜかひとりだけ時代劇の江戸っ子みたいな能面が混じっているけど私は気にしない。
それにしても気持ち悪い笑顔だった。能面たちのあの笑顔、どこかで見たな。思い出した。あいつだ。小学六年生の夏休み。コンビニでアイスを買った帰り道。私の前に立ちふさがって股間を露出した怪しげなオッサン。あのオッサンの笑顔と良い勝負ぐらいのとてつもなく気色の悪い笑顔だった。これはまぎれもなしに悪夢だ。悪い夢ですよ。
――夢。
目覚めて最初に目に飛び込んできたのは遥か上空を真一文字に横切ろうとしている飛行機雲だった。F15だかF16だか知らないが、ジェット戦闘機が轟音を撒き散らして私の真上を飛んでいる。私は仰向けに寝そべった体勢をそのままに、飛行機雲の先端の銀色に輝くそれを見つめ続けた。やがてジェットエンジンの爆音は去った。青い天空に真っ白い飛行機雲だけが取り残されている。
屋上。私の他には誰もいない。それにしても変な夢を見た。どうしてあんな夢を見たのか無理矢理に分析しようとするのは私の悪い癖だ。夢なんて日常的な思考を鏡に映したようなものだ。すなわち私は孤独に飽きている。いいや、焦っている。すでに六月も下旬に近い。このままだとこれから三年あまりにも渡ってえんえん続く高校生活もまた、今までと同じ御一人様として生きてゆくことがほぼ確定。それは嫌だ。切り開け。切り開くんだ私よ。己れの道は己れの手で切り開くのだ。
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