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昼休みの残り時間すべてを屋上で消化した。午後の授業が始まる五分前になってからふらふらと立ち上がり、重い足取りで教室へ向かって歩いた。足首にローマ帝国の奴隷の足枷が巻きついている。重い。足が重い。トイレの前に差し掛かると扉がふいに開いた。教室内での存在感と乳圧感だけは超一流なふたり組が笑いながら飛び出して、私の上腕部にぶつかってきた。部活とかスポーツとか、そういう体力勝負な世界とは無縁な世界に生息する私はふたり組の胸のエアバッグに押されて敢えなくはね飛ばされた。廊下の真ん中で、私は間抜けなタコ踊りを披露する。
「ああっ! ヒダカさん、ごっめーん。大丈夫?」
乳圧ふたり組は笑っている。
「大丈夫――」
私が言いかけたときにはすでにふたりは「きゃはは」と笑いながら背中を向けて遠ざかっていた。ふたりの真っ白い夏季用制服の背中にくっきり浮かんだグラマーサイズ専用の三列ホックのブラジャーの線までが私を笑い飛ばしているような気がして、私は言葉をつけ足した。「――じゃないっての。乳圧1号2号め」
はい。悪態なんて誰も聞いてません。
教室の中に一歩足を踏み入れると疎外感はさらに増す。ますます増す。私は窓際の自分の席について、いつものように空気になる。
私は友情という名の未知なる世界に渇望していた。友情。それは甘美な罠。危険な囁き。
授業中にふとしたとき考えるのはいつものカレだ。廊下側の席のいちばん前。トビタショウ。席の並びは名簿に準じている。名簿は例外なくあいうえお順によって順番が決まっている。それなのになぜかトビタショウがアンドウハヤトよりも前になっている。出席番号1番トビタショウ。出席番号2番アンドウハヤト。出席番号3番イガワタクヤ。果たしてこんな例外的措置があって良いものだろうか。いや良くない。変だ。どう考えても腑に落ちない。トビタっていうぐらいだから、本当なら私の斜め前ぐらいの席だったとしてもおかしくないはずだ。これはなにか目に見えない不穏な力が働いているに違いない。私は巧妙極まる陰謀の謎を解くべく、ただひたすら時が過ぎゆくのをえんえん待ち続けた。
ようやく授業から解放された。私は席を立って、トビタショウの席まで真っ直ぐ歩んだ。私の左右の目はトビタショウの横顔をロックオンしている。きっと髪の毛の一部はピンと立ち上がってアンテナになっている。アンテナはトビタの電波をキャッチしている。
存在感と乳圧感だけは超弩級なふたり組がまた笑いながら私にぶつかってきた。
「ヒダカさん、ごっめーん」
笑いながら謝るデカ乳コンビの乳圧1号と2号を無言で押し退けて、私は前に進んだ。
「ちょっと、なにあれ?」
「感じ悪いんですけど」
2オクターブは落ちたふたり組の低い声が、私の真っ白いセーラー服の背中に突き刺さる。私はかまわずトビタの机の前に立った。トビタショウが眠そうな顔を上げた。
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