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湘藤台高校。
湘南にも藤沢にも遠くて近い距離にある神奈川県の、少し小高い丘の上にある、江ノ電の駅からも少し離れた所に。
ちょっと地名に負けてる気もする、駅からは適度に遠く感じる場所。
だからと言って、見晴らしは悪く、坂を登っていくのが辛いだけ。
台だけが存在感を見せつけてる、台地の坂の上に、急な長い上り坂、校舎の3階からでも見えるのは、校庭を取り囲む緑の背の高い街路樹たち。
「おーい長瀬、窓の外に宇宙人でも居るのか?」
ふ、と窓の外に意識を持って行かれると、小さな応接室の反対側に座る野田先生の言葉が、頭の上に降ってくる。
「あ、、、はい、居ました」
「それで?」
「聞いたんです、私の進路の事を」
「真剣なのは分かってるけどさー、長瀬は真面目だから。ただな、お前がどうしたいのか未だに良く理解出来ないんだよ、担任としても、陸上部の顧問としても」
「、、、はい」
「返事は必要ない、どうだー?」
「え?」
野田先生は四角い顎をさらに踏ん張って、私を見ている。小さな部屋の空気が余計薄くなって、呼吸が苦しくなってきた、顔大きいし。
「両親からも聞いてる、行きたいなら資金は何とかするって。看護師でも警察官でも、ここから通える東京の大学だって」
「私は、、、」
「3年の夏休み前だぞ、決着ついてるだろ気持ちの。無理強いは出来ないけど、お前の物なんだぞ進路は。別に俺が決めても良いんだけどさー」
「、、、あの?」
「なんだよ?」
何を聞こうとしてるんだろう、野田先生に、私は。自分がこの先どうしたいのか、まだ答えが出せてない、なっさけない、、、
親は無理して大学行かせてくれるというけど、何をしたいのか浮かばない。
警察官は条件で無理だ、今だって選手というよりは、中堅高のマネージャーもどきで安心してるし、走るの遅い。
まだもう少し先で、待っていたい気持ちがあって、真っ直ぐしてない。
「看護学校で、いいです」
「死んでるぞ、顔。滝本は怖い顔してるぞ、いつでも。お前も見習えよ、バイクが突っ込んできて選手続けるの難しいのに、まだ走りたいとか言って」
「、、、」
「じゃなくて、やる気ない生徒がGW辺りで中退されるのってこっちとしたら迷惑なんだ。せっかく考える時間も成績もあるんだから、もっとさ自分にとって得する選択しなよー、人生面白くないよー」
「はい、、、」
「アイス、食うか?」
「いえ、、、」
「なあ長瀬、言ってみろ何が問題なんだ?」
「、、、」
「んー、分かったよ、もう少し考えてろ。でもな、大学の推薦とか早くしないとなくなるからな、うちは真ん中よりちょい上くらいだから」
「先生、桐葉は大学ですか?」
「え、は、それ今関係あるかよ!人の事より自分の心配してよー」
「は、はい、、、ん?」
何か引っかかりを感じながら、私は職員室の隣の応接室を出た。
「あ、桐葉、ちょっと!」
「!」
桐葉はびくっと反応し、私から視線を逸らすように応接室に入っていった。
「日向?」
「え?」
「りゅ、、、何でもない、なんでも。こっちは何とかする!」
「は?」
ポケットの中のスマホが振動した、びっくりして取り出すが、桐葉も驚いて同時に床に落とす。慌てて拾うが、入れ替わってた。
桐葉のスマホからは「出ろよ、滝本」と。
私のスマホからも「滝本さん、ちょっといい?」と。
予想してない展開、どう反応していいのか、戸惑う、二つとも桐葉、、、
おかしな空気が、私と桐葉の距離をちょっとだけ遠ざける。
ドアが開き、中から野田先生が顔を覗かしてくる。
「時間無いんだから、さっさとしてくれ、よ、あ、うん、滝本か。どうなってる、その後は?」
キッっと瞬間、野田先生を睨む桐葉の視線、少し腰が引けた。
「い、行きますね、先生。、、、って?」
私は見なかった風にやり過ごして、その場を離れようとしたけど、振り向いた瞬間、何か大きな物に捕まえられていた。
「冬馬、、、くん?」
「ちょっと借りるな、長瀬?」
「何でいちいち、断り入れるの私に、柳斗!」
「知れねえよ、お前ら仲良いだろ」
「別に」
「おい滝本、お前なんなんだよ?」
「何なの、忙しいから」
「言えよ」
「知らない!」
冷たい南風と茜雲に大きな境目が出来てる、一筋、くっきりと。理由が見えない、私には。ただ、流れてる空気だけは、穏やかじゃない。
そこへ、ドタドタと大きな足音で、暑苦しい太陽が割って入ってきた。
「長瀬さん、シカとしないでよ、さっ、ちょっとこっち来て!」
「おい杉」
「冬馬、飯か?」
「なんだよ、それ?」
「忙しいから、後でね」
「待てよ」
「何にも用ないだろ、長瀬さんには冬馬は?」
「あると、悪いのか」
「なら良いじゃないか、こっちは、大事な用事なんだから」
「掴むなよ、手を、長瀬の!」
「そっちだろ、冬馬、何肩掴んでるんだよ」
「だ、大丈夫だから、でも放して」
「こっちが先だ」
「どうせ昼飯代貸してくれとかだろ、冬馬のは。俺が出してやるから、渡してくれよ長瀬さんを」
「ほら、杉」
「って、金出してどうするんだよ、冬馬?」
「痛った!」
「つっ、何するんだよ、滝本!」
「こっちも用あるの、引っ込んでくれない、冬馬は!」
「滝本、さん?」
「人気者だな長瀬」
「先生、どうにかしてください、笑ってないで」
「生徒の話に首突っ込む理由が、無い」
「引けよ、杉」
「滝本さんが引いたら」
「オッケー、出来ない」
「どうして?」
「キャプテン、しつこいと嫌われるよ」
「ん、んん、、、って、言ったって」
「よし、ジャンケンで決める、俺が勝つから、他は負けな」
私は三人が勝手にもめ事を大きくしてる間に、隙を見て逃げ出した。
なんか様子がおかしい?こんな時に誰か一人の話に巻き込まれたら、残りの二人からどんな事を言われるか、分かりはしないから。
正面に野田先生を据えて、視界を塞いだ瞬間に角を曲がって、一気に駆け出した。
「あ、消えた、追わないと長瀬さん」
遠くから杉岡さん達の声が響く。
私は走りながら、自分の進路がどこに向かっているのか、誰かに聞いてみたかった。
どうして、追いかけられてるんだろう、私は。
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