コメンテーター・早乙女カトリーヌ

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コメンテーター・早乙女カトリーヌ

 だんだんね だんだんとね  君は眠くなっていくんだよ 「瞼が重〜くなってきます」と言って催眠術をかける人を見たことがないかい。あんなものは私に言わせれば邪道だよ。催眠術師の真似事をしてるだけさ。  だんだんね だんだんとね  君は眠くなっていくんだよ  気がついた時にはすでに眠っているし、眠ってしまってからではそれに気づきようもない。 「いいかい? 君はすでに眠っているんだよ」 ー 早乙女カトリーヌ ー  バラエティ番組を中心にテレビで活躍していた早乙女カトリーヌは元グラビアアイドルだったらしくて。その昔は布面積の極めて小さい水着を着て男性ファンを魅了していたそうだ。今やすっかり文化人気取りで、最近では情報番組のコメンテーターなんかもやっている。早乙女カトリーヌは有名だからおやすみおじさんも知ってるだろうか? いや、おやすみおじさんなら水着の頃の早乙女カトリーヌをよ〜く知っているかもしれない。ねえ、そうは思わないかい、かあ…。…カァーカァー。僕は言葉を呑みこんでカラスの鳴き真似をした。それがごまかしだと言われたら否定はしない。いまさらそんなことを気にすることもないかなって。ねえ。 「おやすみ、カトリーヌ」  おやすみおじさんとはその名のとおり夜に出くわすことが多かった。でもさ、稀に朝にも会った。僕は近所付き合いのいいタイプではないけれど、マンションの住人と顔を合わせたときは挨拶ぐらいはするわけで。朝におやすみおじさんと会ったときには「おはようございます」と挨拶したもんだ。返ってくるのは決まって「おやすみ」だったけどね。 「お仕事が夜勤なんじゃないの」 「夜勤?」 「お医者さんとか警備員とか」  おやすみおじさんの話を彼女にしていたら、彼女がおやすみおじさんの職業のことを言い出したんだ。あれは中野駅南口から歩いてすぐにある、安く飲める居酒屋やスナックがトーナメント戦で争うためにこぞって集まったようなテナントビルの準決勝にあたる3階のバーだった。  あちらにとっては初来店再来店再々来店、そう計3度くらいしか行ったことはないと指折り数えてみた上で、あのバーのことはよく覚えてると自己確認。そのうち2度は彼女と行ったんだ。2度目のときに彼女が最後に頼んだカクテルは「パラダイス」。花言葉ならぬ〝カクテル言葉〟が「夢の途中」だと彼女が言ってたのも覚えてる。薬師丸ひろ子じゃないよ来生たかおだよって。音楽の教科書に載ってたとかなんとかの話をしたのも覚えているし。そのバーのトイレの壁紙の模様だって、床のタイルの色だって覚えてるよ。よ〜く覚えてるんだ。  確かに彼女が言うように、夜勤が終わった朝にマンションに帰り着いてこれから寝るのだとしたら「おやすみ」と言ってしまうかもしれない。医者か警備員かと言われれば警備員の方がそれっぽい。断じて医者ではないだろう。 「人は見かけによらないものよ」 「そうかな」 「案外、お医者さんかもよ。ご近所にお医者さんが住んでるなんて素敵じゃない。お腹が痛くて我慢できなくなったときは訪ねなさいよ」 「お腹が痛くなったときには迷わず正露丸を飲むよ」  腹痛と旧知の仲の僕がそう言うと「それもそうね」と彼女はカラカラ笑ってた。その笑顔が、いつか見た古いアルバムの若かりし母さんに似てたのを思い出した。いや、彼女と母さんが似てるなんて考えたくもなくて、これまで記憶の端の方へ追いやってたんだ。何でこのタイミングで思い出すかね。 「おやすみ、母さん」
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