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ツインテールの女の子の右手に
ー ツインテールの女の子 ー
子供の頃。小学生になったばかりの頃かな。近所に仲の良い大好きな女の子がいて。つぐみちゃん? なおみちゃん? みきちゃん? 名前なんて覚えてはないけれど、とても可愛い女の子だった。僕より背がちょっとだけ高くって、花柄の黄色いワンピースが似合ってて、髪型はツインテールにしてたっけ。今まさに目の前にいるようで、あの頃の僕が女の子と一緒に遊んでるんだ。
その子が右手に何かをギュっと握ってる。何かを隠してるような。それはあとで見せてもらえる「何か」ではないんだ。きっとそうなんだ。僕はその特別な何かをその子から見せてもらいたいって強く思ってた。これまでもずっと、ほんとずっとだよ。あれって何だったんだろう。教えてよコメンテーター。あなたなら気の利いたコメントを言ってくれるでしょ? それが本人にとって知らない方がいい結末だったとしたなら尚更。当たり障りのないコメントを。
早乙女カトリーヌがコメンテーターで出演する情報番組が放送されてる夜。僕は交通量の多い交差点の横断歩道前に立っていた。歩行者信号はすでに青になってるのに車は一台たりとも停まらなくて、ビュンビュンと目の前を通りすぎて行く。
「え? どういう状態」
あっけにとられていると、あのおやすみおじさんが登場するわけだ。手にはルーク・スカイウォーカーの持つ、何だっけあれ? 「ライトセーバー」だったかな。あの光る棒を持ってこっちにやって来るんだブゥーンブゥーンと。どちらかと言うとルークじゃなくダース・ベイダーよりの悪役っぽいけどね。
一応夜だったんで「こんばんは」と挨拶したんだけど、いつものように「おやすみ」とは返してくれず。僕の姿なんて見えてないかのように無視して、あの光るライトセーバー的な誘導棒を振りかざして、歩行者信号が青になってるのに停まらない車に向かって突進していくわけ。
「あっ、はねられる!」って。僕がビクッとなった次の瞬間には、横断歩道手前の停止線に車をピタリと停めてんの。「すごいな、おやすみおじさん」
そう思ったけど。
どうせ返事もしてくれないだろうから何にも言わずに横断歩道を渡ったんだ。小学生みたいに右手をあげて。ツインテールの女の子と手を繋いでるような気分で。
そう。
ここで僕は気づくわけ。
「これは夢だ」
いや、夢かどうかはあやふやだけど、現実ではないことだけは確か、敢えて言うなら来生たかお。万が一にもこれが現実だとしたら、それはかなり夢よりの現実だ。
さっきまでの、車がビュンビュンと走り過ぎてった光景と、コッツウォルズで優雅にカステラを食べてるたけるくんの姿と、小学生の頃に大好きだった僕よりだいぶ背の高いツインテールの女の子が握りしめていた右手と、そもそもおやすみおじさんを「警備員」だと決めつけるきっかけ話をしたときの彼女の笑顔が母さんによく似てたことと、身内の事故のニュースにコメントする早乙女カトリーヌに向けられた憐れみを隠れ蓑にした冷ややかな視線と…。とにかくありとあらゆるものが次々に忙しなく押し付けがましく一気に目の前に現れたんだ。
そうか。そうだよね。
22歳の誕生日の夜に僕は親父の運転する車で事故にあったんだ。20歳を過ぎた頃からほとんど顔を合わせてなかった親父の車に何故乗ったのか。それも何故誕生日に。それについてはよく覚えてないけど、親父の隣りにいることが落ち着かなくて助手席に座りただただ早く目的地に着くことを願ってた。
「僕らはどこに向かってたんだっけ?」
親父の運転ミスが原因で、対向車線にはみ出して大型トラックと正面衝突して。僕と親父は救急車で運ばれた。薄れゆく意識の中で僕は、「修理代どれだけかかるんだよ。また母さんに頼るんじゃねーの」と腐ってた。そんな僕に救急隊員は言ったんだ。
「おやすみなさい」
救急車のサイレンの音に吠える犬の鳴き声のように、おやすみおじさんの「おやすみ」がサイレンに混じって聞こえてきて。それは当然空耳のように聞こえてたんだ。最初のうちは。
だんだんね だんだんとね
君は眠くなっていくんだよ
「瞼が重〜くなってきます」なんて言う催眠術師は邪道だよ。
私ぐらいの域になるとそれはもう、一言でいい。
「おやすみ」
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