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1年生その5「ヤゴレスキュー」
わいの名前は 涼石 夏生。
これは、あの頃、小学1年生の頃を思い出しての話。
ちょっと?結構?昔の話。
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いきなりやけど「ヤゴレスキュー」って知ってる?
わいの小学校では6月に入ると、学校のイベントの一つでこの「ヤゴレスキュー」と言うのがあった。
都会や住宅街にある屋外プールは生き物にとって意外と大事な水辺であるらしい。特にとんぼの産卵場となっているんやって。だから、うちの小学校では、夏のプール開始前、プールを掃除するときに、「みんなでプールの中の生き物をたすけましょう」と言うことで、トンボの幼虫ヤゴを救出して、近くの池に移す「ヤゴレスキュー」というのがあるんや。
わいが小学生になってやってみたかったことの一つ。
それが、この「ヤゴレスキュー」や。
去年、わいは小学校の柵の外から、母ちゃんと一緒にチラッと見たんやけど、みんなでワーワー、キャーキャーいいながらヤゴを助けとった。楽しそーやなー、いいなー、って思うとったけど、あの時まだ小学生なってなかったから参加できなくて残念やった。でも今年は1年生、友達のゆたやんも「ヤゴレスキュー」申し込むって言ってたし、楽しみやわー。
× × ×
「ただいまー」
わいは学校から帰って、ランドセルを机に放り投げると、急いで母ちゃんの元へ行った。
「母ちゃん、明日のヤゴレスキュー申し込んできたでー。虫取り網どこにある?」
「ベランダにあったと思うけど」
「物置ん中?」
サンダルをはいてベランダに出て、片隅にある小さな物置を開けた。園芸関連の道具がいっぱい入っていて肥料の独特の匂いがする。その中を探すと片隅に虫取り網やカゴがあった。今回、カゴはいらんから、網だけを取り出して、壊れてないか確かめる。
「うん。大丈夫や」
「ただいまー」と姉ちゃんの声。
部屋に戻ると、姉ちゃんも帰ってきた。
「どないしたん、なっちゃん。網なんか持って?」
「ヤゴレスキューや。ヤゴレスキュー。あしたヤゴレスキューやで」
「あー、あれ」
姉ちゃんはため息つくと、ランドセルをイスの上に置いた。
「姉ちゃんのも申し込んでおいたからー」
「はぁ?私はいかへんで。絶対」
「何でやねん」
「行くわけないやん。あんなん」
母ちゃんが洗濯ものを持ってやってきた。
「そう言わんと、めいちゃんもいってきたらいいのに」
「絶対いや!」
「ちょっとは虫ぎらい、直しとかんとこれから困るで」
「いいんです。私は。虫のいる所にはずっと行かへんから」
「本当にねー。困ったねー」
と言いながら母ちゃんは諦めてベランダへ行った。
「だって、去年は行ってたやん」
わいは、姉ちゃんがプールサイドにいたのを思い出した。
「だまされたんや、プール掃除って」
「ま、プール掃除は間違ってないでしょ」
と母ちゃんがベランダで洗濯もんを干しながら答えた。
「……だって、プール掃除って言ったら、ほら、天気のいい澄んだ空、きれいな水色プールの壁面に、白いタイルのプースサイド。空には太陽が輝き、ホースの水で虹ができて。デッキブラシで擦りながら、ホースの水をふざけて掛け合ったり。汗かいた後には、冷たく冷えたジュースをゴクゴク飲んだり。シュワシュワってした夢のような爽やかさがあったのに……」
「それコマーシャルやんか」
「それが現実はどう。汚れた水が溜まってる、それに虫がいる。ヤゴがいる。ヤゴって肉食やで。そこに足突っ込むねんで。私は1時間プールサイドから動けんかった。地獄やー。地獄」
そう言うと姉ちゃんはムンクの叫びのような顔をした。
「えー、わい母ちゃんと柵の外からちょっと眺めとったけど。キャッキャッ、言っとって楽しそうやったやん」
「悲鳴や悲鳴。地獄の叫びや」
「えーー楽しそうやと思ったけどなー。まあ、ええわ。わい早く、ヤゴレスキューやりたい。いっぱい助けてやんねん。姉ちゃん心配せんでも、お姉ちゃんの分も俺が頑張って捕まえてくるわ」
「まあ、せいぜい頑張りや。こけんようにな」
「おう、まかしといて。いっぱい助けてくる」
わいは張り切って網を振り回した。
ジーと眺める姉ちゃん。
「……下やで、下。ヤゴは水の中」
「あ、そうか」
姉ちゃんが冷静につっこんできた。
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