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 夕暮れの陽光で赤焼けした大地の彼方に、レウム・ア・ルヴァーナの城壁を見つけ、ダグボルト・ストーンハートはほっと胸を撫で下ろす。  『白銀皇女』はダグボルトに嫌われる事を恐れているため、決してレウム・ア・ルヴァーナに手を出さないだろうと分かってはいたものの、内心ではやはり不安だったのだ。  魔女は皆、非常に気紛れな考えの持ち主であるため、いつ気が変わるとも知れないからだ。  夜が更けて住民が寝静まった頃を見計らい、ダグボルトは守衛用の通用門を通って街の中に入った。旅立ちの時とは違い、惨めな帰還であった。  今では人々に『魔女殺しの騎士』と仇名されていたが、それも返上したい気分であった。  ダグボルトはとぼとぼと馬を進め、レウム・ア・ルヴァーナの中心部までやって来た。  そこには四ヶ月程前までこの地を支配していた『偽りの魔女』、『紫炎の鍛え手』が創り出した宮殿がある。  先の戦いで『紫炎の鍛え手』は命を失ったため、今は『偽りの魔女』に対抗するレジスタンス組織である劫罰修道会の新たな本拠地となっていた。  ダグボルトが宮殿に帰還した時には、すでに深夜を過ぎていたものの、劫罰修道会の指導者であるテュルパン・ガイスター修道長と、副指揮官のウォズマイラ・メイレインは喜んで彼を迎え入れてくれた。  客室の暖炉に火が熾され、二人はソファーに腰掛けてダグボルトの報告を聞いた。  相棒の『黒獅子姫』が、『白銀皇女』の手によって仮死状態にさせられた事。  『白銀皇女』に気に入られたダグボルトは、しばらく彼女の都に軟禁されていた事。  そしてダグボルトが『白銀皇女』を怒らせてしまった結果、彼女は自ら築き上げた都を消滅させて、いずこかへと去っていった事を。  しかしダグボルトは、人間時代の『白銀皇女』が、かつての恋人リンジー・ブーシェであった事は巧妙に伏せておいた。  彼女との悲しい思い出を、あまり掘り返して貰いたくないからだ。 「ふーむ。ガルダレア城塞がいきなり吹き飛ばされたと聞いて驚いていたけど、そういう事情があったとはねえ」  話を聞き終えたテュルパンは、納得したように何度も頷いた。  ガルダレア城塞は『紫炎の鍛え手』軍の残党に占拠されていたのだが、『白銀皇女』の手によって焦土と化していた。  それは、愛するダグボルトに敵対するものは全て殺す、という彼女の強い意志の表れでもあった。 「ミルダはこれに封印されたんだが、ウォズの力で元に戻せないか?」  そう言うとダグボルトは、テーブルの上に握り拳大の琥珀色の宝玉を置いた。  その中には小さな少女が膝を丸めて眠りについていた。  歳は十四、五歳くらい。肩のあたりまで伸びた黒髪は、くしゃくしゃとしたくせっ毛。小柄で痩せぎすの裸体。  サイズのせいで妖精のようにも見えるが、これが『真なる魔女』、『黒獅子姫』の成れの果てなのだ。  ウォズマイラは宝玉に指先を近づける。  するとパチッと電気のようなものが走ったため、慌てて指を離した。 「大丈夫か?」 「は、はい。大丈夫です。これは高濃度の魔力を圧縮したもののようですね。今のは、私の身体を流れる神気に干渉してしまったようです」  そこでウォズマイラは急に目を伏せる。 「……私の神気がもっと強力なら、この魔力を浄化してミルダさんを救えたかもしれません。でも今の私の力では助けるのは無理ですね」 「そうか……。まあ気にするな。聖女の力で魔女を治そうっていう俺の発想に無理があったんだ。どこかに癒しの力を持つ魔女でもいればいいんだがな……」  ダグボルトはぽつりと呟く。  するとテュルパンがポンと手を叩いた。 「それだ! それだよ、ダグボルト君! 癒しの力とは少し違うけど、ミルダ君を治せるような力を持った『偽りの魔女』をちょうど見つけてたんだ!」 「何だって!?」  テュルパンは自室に戻り、 一枚の地図を持ってきた。  それはモラヴィア大陸全土を網羅した大きな地図で、彼の手によって様々なメモが書き込まれている。 「実は君がいない間も世界各地に同志を送って、『偽りの魔女』に関する情報を集めてたんだ。それでアシュタラ大公国の南西、ネイロン半島と髑髏島の間にあるベイル海峡に、『偽りの魔女』の一人が棲んでいる事を突き止めたのさ」  テュルパンはテーブルの上に地図を広げると、海上の一点を指し示した。  そこには大きな×印と『猛禽の女郎(カラドリウス)』という文字が書き込まれている。 「『猛禽の女郎』……。そいつがここを支配する魔女なんだな?」 「うん。彼女はそこに、巨大客船を改造した海上カジノ『ハルピュイエ・ネスト』を停泊させててね。世界各地の賭博場に手下を送って、強運を持った人々を選び出し、自分のカジノに招待してるらしいんだ。しかも彼女とのゲームに勝てば、何でも願いを叶えてくれるらしいよ。それこそ不老不死だって何だってね。『黒の災禍』が起きた直後、『猛禽の女郎』はアシュタラ大公国のガンダーロ大公に使者を送って、ベイル海峡は自分の支配下に置くから船を近づけさせるなって命じたらしいんだ。近づかない限り、こちらからも手出ししないってね」 「他の『偽りの魔女』と比べれば、ずいぶん寛大だな」 「そうだね。だけどベイル海峡はアシュタラ大公国の西の要衝で、そこを封鎖されると北部への海洋ルートがかなり制限されるから、実は結構な死活問題なんだよね」  それを聞いてダグボルトは、『翠樹の女王』を倒した後、大陸南部に行くのに陸上ルートで行くか、海上ルートで行くかで『黒獅子姫』と揉めた事を思い出す。  結局はダグボルトが、強引に赤竜砂漠を南下する陸上ルートを押し通したが、もし海上ルートを採用していたら、ベイル海峡で『猛禽の女郎』と鉢合わせしていたかも知れない。 「――おまけに運の悪い事に、ガンダーロ大公は非常に激昂しやすい性格の持ち主だったんだ。それで以前から、何人もの部下が逆鱗に触れて命を落としていたらしいよ。『血みどろダンリーの反乱』を鎮圧した時も、首謀者のダンリー公の家族のみならず、使用人やペットの犬猫までみんな処刑して、頭蓋骨を集めて玉座を造らせたらしいんだ。そういう気性の持ち主だから、彼は『猛禽の女郎』が送って来た使者と交渉しようともせず、いきなり処刑してしまったんだ。そして直ちに貴族達を集めて、徹底抗戦を呼びかけたんだよ」 「怒りやすいにしても、魔女に勝負を挑むとは正気じゃないな。誰か止めようとはしなかったのか?」 「諌めようとした貴族もいたけど、みんなその場で殺されたらしいよ。それで結局、ガンダーロ大公は貴族達に船を提供させて、大船団『赤鮫艦隊』を結成し、『猛禽の女郎』に勝負を挑んだんだ。勝敗は……まあ、言うまでもないよね」 「ああ、聞くまでも無いな」  ダグボルトはあっさり答える。 「船を全て沈められて、命からがら宮殿に帰還したガンダーロ大公の所に、今度は『猛禽の女郎』が一人で乗り込んできた。彼女はガンダーロ大公の護衛を一瞬で斬り捨て、呆然とする彼にサイコロを一つ差し出したんだ」 「サイコロ?」 「うん。サイコロを振って偶数が出たら命は助ける。だけど奇数が出たら殺す。それが『猛禽の女郎』の持ちかけたゲームだった。どうも『猛禽の女郎』は、物事全てを運勢に委ねる性格の持ち主みたいだね。それでガンダーロ大公は、嫌々ながらサイコロを振った。そして出た目は――」  そこでテュルパンは指を三本立てて見せた。 「ゲームに負けたガンダーロ大公は、その場で首を刎ねられたって話さ。彼の首は、頭蓋骨で造られた玉座の上に今も乗っかってるらしいよ。でもサイコロの目で生死が決められるなんて不条理な話だよねえ」  しかしダグボルトは冷やかな口調でこう答える。 「不条理な最期を遂げたのは、ダンリー公の使用人をしていた連中も同じだ。そう言う意味では因果応報とも言えるな。だが俺は、そんなくだらないゲームに付き合う気は無いぞ。何とか奴を死なない程度に弱らせて、ミルダを元に戻すように取引出来ればいいんだが」 「噂では『猛禽の女郎』は東方諸島の剣術である『居合』の達人らしいよ。戦うとなるとかなりの強敵だろうね」 「それともう一つ問題がある」  ダグボルトはガントレットを外して、二人に右腕を見せた。  ヴィ・シランハの鍛冶師が造り出した精巧な鋼の義手が鈍色の光を放つ。 「見ての通り、今の俺はミルダの蟻の義手を失ったせいで、魔女を倒す力を持ってない。だから今回は、お前に協力して貰いたいんだが……」  そう言ってダグボルトは、ウォズマイラの方を見た。  だが慌ててテュルパンが制止する。 「いやいやいや、それは駄目だよ!! ウォズは劫罰修道会に欠かせない重要な存在なんだからね。本物の聖女ではないにしても、癒しの秘跡が使えるおかげで、これからの戦いで大きな力になるし、『紫炎の鍛え手』を倒した事で、戦いの実績も十分過ぎるくらい得られたんだ。だからウォズを危険に晒すわけにはいかないよ」 「だがウォズ一人で、残りの『偽りの魔女』を全員倒せるか? ミルダがいなきゃ不可能なのは、あんただって分かってるはずだ。……ウォズ、お前はどう思ってるんだ?」  するとウォズマイラは即座に立ちあがって、胸をはってこう答える。 「もちろん私は、喜んでダグボルトさんに協力します。私が『紫炎の鍛え手』を倒せたのは、あなたやミルダさんが弱らせてくれたからです。これからの戦いを、ミルダさん無しで乗り切るなんて考えられません」 「そういうわけだ、テュルパン。ウォズをしばらく貸してくれ。この通り頼む!」  ダグボルトは深々と頭を下げた。  ウォズマイラを思う気持ちと、ダグボルトへの恩義で板挟みになり、テュルパンは困ったようにつるつるの禿頭を何度も撫でる。 「だけどやっぱりウォズを危ない目に会わせるわけには……。うーん……。うーん………………」  テュルパンはどうしても首を縦に振ろうとはしない。  勿論、その気持ちはダグボルトにも痛いほど分かっていた。  テュルパンは実務能力に長けていても、人々を心酔させるようなカリスマ性を持っているわけではない。  ウォズマイラは本物の聖女ではないが、それでもやはり劫罰修道会の象徴的存在なのだ。  彼女を失えば、組織はあっという間に衰退していくだろう。 「………分かった。だったら俺一人で行く」  ついに説得を諦めたダグボルトは言った。 「そんなの絶対駄目ですよ!!」  ウォズマイラが叫んだ。  動揺する彼女を宥めるように、ダグボルトは優しく肩を叩いた。 「『猛禽の女郎』を力ずくで連れてくるのは無理でも、ゲームで打ち負かせばいいんだろ。簡単な話だ」 「彼女はゲームの達人なんですよ!! 運頼みなんて無謀過ぎます!!」  そしてウォズマイラは、急に小さな声でこう呟いた。 「……私の代わりにアルーサを同行させましょう。それなら問題ありませんよね、修道長?」  驚いたテュルパンはソファーから飛び上がった。 「ほ、本気かい、ウォズ!? 君の口からそんな言葉が聞けるなんて正直驚きだよ!!」 「だって仕方ないじゃないですか。ミルダさんがああなってしまった今、私以外に魔女を倒せるのはあいつしかいないんですから。それにあいつはアシュタラ大公国の出身だから、私より地理に詳しいと思いますし……」  そう言うとウォズマイラは、拗ねた子供のように俯いてしまった。 「待て。そのアルーサっていうのは誰だ? 俺にも分かるように説明してくれ、テュルパン」 「亡くなったウォーデンが、煉禁術の実験台として志願してきた少女達を、人工聖女に変生させてたのは知ってるよね? ほぼ全員の志願者が拒絶反応を起こして命を失ったけど、実は実験に成功したのはウォズだけじゃないんだ。他にもう一人、アルーサという娘がいたんだよ」 「何だって!?」  驚いたダグボルトは、テュルパンの肩を乱暴に揺さぶった。 「そんな話は初耳だぞ!! どうして今まで黙ってたんだ!!」 「お、落ち着いてくれって、ダグボルト君。実はアルーサは、ちょっと聖女としての適性に欠けるっていうか、人格的に不安定な部分があってね。それで休眠状態にされたまま、ウォーデンの手で調整中だったんだよ。おまけに彼女の眠ってた石棺は、前の拠点が『紫炎の鍛え手』軍に襲撃された時に、ウォーデンと一緒に土の中に埋まってしまってね。それでウォズの救出作戦にはアルーサを参加させられなかったんだよ」  ダグボルトの脳裏に、ウォーデンが煉禁術に手を染めた事を告白した時の状況が蘇る。  ウォーデンの実験室には、怪しげな触媒の他に石棺が置かれていた。  あの中にアルーサという娘が眠っていたのだろう。 「でもアルーサを目覚めさせるなら、色々と準備があるから日が昇ってからにしよう。夜も更けたし、今日はそろそろ休もうじゃないか」 「そうですね。その件は私達が準備しておきますから、それまでダグボルトさんはゆっくり休んでいてください」  気遣うような口調で、ウォズマイラはそう言った。  気が緩んだせいか、ダグボルトの身体にどっと疲れが襲ってくる。  ヴィ・シランハからここまで、ほとんど休まずに戻ってきたのだ。  ウォズマイラの言う通り、今は休息の時であった。  『黒獅子姫』を元に戻す旅に出る力を蓄えるためにも――。  ダグボルトは、何ヶ月かぶりに馴染みのベッドで眠り、目が覚めた時にはすでに正午を過ぎていた。  腹がぐうぐうと鳴っている。  食事のために寝室を出たダグボルトは、廊下ですれ違う修道士(モンク)達と挨拶を交わす。  彼らはダグボルトがレウム・ア・ルヴァーナに戻ってきたことを、すでにテュルパンから伝えられていたようだ。  幹部用の食堂に行くとテュルパンが一人で食事をとっていた。  蒸かしたジャガイモ、薄味のきのこスープ、カチカチの黒パン、カビの生えた山羊のチーズ。  ここを発った時と変わらぬ質素なメニューだ。 「ここの食糧事情の改善にはまだ時間がかかりそうだな」  テュルパンの隣の席に着いたダグボルトは残念そうに言った。  目の前には白い布を掛けた食事が置かれている。  布を外してみると、コックが気を利かせてテュルパンのものより量を少し増やしてくれていたが、メニュー自体は同じであった。 「仕方がないよ。まだまだ難民の流入は続いてるからね。市民の間にも不満の声は高まってるし、早くこの地域の秩序を回復して、難民を故郷に返したいんだけどね。それはそうとして、君が戻ってきた事を市民にも伝えようと思うんだけど、どうかな? そのためのビラの見本を朝のうちに作っておいたんだ」  テュルパンはテーブルの上に置かれた羊皮紙を差し出した。  それを見たダグボルトは目を丸くする。  そこには力強い字でこう書かれていた。 『魔女殺しの騎士ダグボルト・ストーンハート、災厄の皇女こと『白銀皇女』を撃退し、レウム・ア・ルヴァーナに無事帰還する。深手を負った魔女はいずこかへ逃亡したとの事』 「……よくもぬけぬけとこんな嘘が書けたもんだな」  呆れたダグボルトはそう言うのがやっとだった。  だがテュルパンは平然としている。 「いやいや、言っておくけど嘘なんかどこにも書いてないよ。昨日の君の報告を、私なりに噛み砕いてみただけさ」 「じゃあここに書いてある『深手を負わせた』ってのは何だ?」 「だって君は、『白銀皇女』の頭をハンマーで叩き割って致命傷を負わせたんだよね?」 「ああ。だけどあいつはすぐに再生して、全くの無傷だったんだぞ」 「たとえそうでも、傷を負わせた事実自体に代わりは無いよね?」 「まあ、確かにそうだが……」 「それに『白銀皇女』は王都メルドリン……、いや、今はヴィ・シランハだったっけ。そこを消滅させて、どっかに姿をくらましたんだってね。つまり君の前から逃げたって事だよね」  ようやくテュルパンの考えが分かって来た。 「つまりこいつは都合のいい真実だけを切り張りした、ただの言葉遊びってわけか。確かにそれなら不都合な真実を誤魔化せるだろうな。だがそういうやり方は、民衆を騙していだけなんじゃないか?」 「人々は絶望的な真実より、希望に満ちた嘘を聞きたがる傾向があるんだよ。私は彼らが欲しがっているものを与えているだけさ。それにここで真実を教えたらどうなると思う? 君が『白銀皇女』を怒らせてしまったせいで、いつここを襲撃してくるか分からないと言ったらさ」 「みんなで俺を血祭りに上げた後、一斉にここから逃げ出すだろうな。だがその方がいい。ここに固まってたら、『白銀皇女』が襲ってきた時にみんな死ぬ事になる」 「これまでの戦いの功労者である君を、そんな酷い目に遭わせるわけにはいかないよ。それにせっかくここまでレウム・ア・ルヴァーナを復興させたのに、それをゼロに戻すっていうのかい? それじゃあ今までの苦労が水の泡じゃないか。そんなのは絶対に認められないね。私はどんな手段を使ってでも『偽りの魔女』との戦いに勝ちたいんだよ。ウォズのような若い世代に、『偽りの魔女』がいない平和な世界を残してあげるためにもね」  テュルパンはいつもの朗らかな口調ではなく、劫罰修道会の最高指導者としての厳粛な口調でそう言った。  だがダグボルトは心の中で反論する。 (それは違うぞ、テュルパン。『偽りの魔女』が全員いなくなったところで、平和な世界なんてやってこない。人間同士が殺し合う元の世界に戻るだけだ)  それはダグボルトが、ヴィ・シランハで『白銀皇女』から投げかけられた言葉でもあった。  その言葉に、ダグボルトは何も言い返せなかったのだ。  だが若い世代のために、『偽りの魔女』のいない世界を取り戻したいのは、ダグボルトも同じであった。  そのため、それ以上反論しようとはせず、代わりにこう答えるに留めた 「……だったら俺に構わず好きにすればいい。俺の仕事はあくまでも魔女退治であって、政治的宣伝(プロパガンダ)じゃないからな。そっちはあんたに任せる」  ぎこちない空気の中で食事を続ける二人の前に、私服のウォズマイラがやって来た。 「お二人の食事を邪魔して済みません。アルーサを目覚めさせる準備が整ったので、後で地下室まで来てくれませんか?」  ウォズマイラのおかげで、気まずい空気が晴れて二人はほっとする。  二人は手短に食事を済ませ、ウォズマイラと共に地下室に向かった。  そこは直径二百ギットの円形の大部屋だった。  床も壁も装飾など無く、剥き出しの金属板で覆われている。  かつては『紫炎の鍛え手』の鍛冶場だった場所だ。  入口の側には石棺が置かれている。  ダグボルトはそっと石棺の表面を撫でた。  表面に施された細かい装飾の溝には、泥がたっぷりと詰まっていて、『紫炎の鍛え手』軍襲撃当時の出来事を生々しく思い出させる。 「埋没した地下拠点を掘り返した時、ウォーデンはその石棺に覆い被さるようにして息絶えてたよ。天井が崩落する前に逃げる事は可能だったんだろうけど、責任感の強い彼は、きっとアルーサを守ろうとしたんだろうね」  厳かな口調でテュルパンが言った。  ダグボルトも同意するように頷く。  神学校時代の恩師であるウォーデンは、厳しい人間だったが、同時に正義感と責任感に溢れていた。  確かに彼なら、自分の命に代えても、希望の憑代となる人工聖女を守ろうとするだろう。  テュルパンは、ウォズマイラから手渡された古びた魔道書(グリモア)を開いて、開封の呪文を確認する。それを見てダグボルトは驚く。 「あんたも煉禁術が使えるのか?」 「ウォーデンに教えて貰ったから多少はね。それに彼は、自分の身に万一の事があった時に備えて、マニュアルを残しておいてくれたんだ。それじゃあ早速開封の儀を執り行うとしよう。すぐに終わるから、二人共しばらく静かにしててね」  テュルパンは石棺に向けて手をかざし、呪文の詠唱を開始する。  ダグボルトが今まで聞いた事も無いような、複雑な発音の上位言語が発せられ、金属の壁を引っ掻くような無機質な声で呪文が紡ぎだされていく。  半刻(三十分)程の間、アルーサとダグボルトは無言のままじっと石棺を見つめていた。  呪文を唱えるテュルパンと共に、二人も軽い入神(トランス)状態にかかっていた。  ダグボルトには、石棺の中から微かな心音が聞こえた気がした。  だがそれは決して気のせいではないと気付く。  心臓が脈打つかのように石棺が小刻みに震えている。  振動と共に、石棺の装飾の溝に挟まった乾いた泥がパラパラと剥がれ落ちる。  ダグボルトの喉はからからに乾いていた。  テュルパンは、何かとんでもないものを呼び覚まそうとしているのではないか。  心の中に巣食う恐怖心が警鐘を鳴らす。  耐え切れなくなったダグボルトが詠唱を止めようとした瞬間、テュルパンはこちらを向いてこう言った。 「終わったよ」  いつの間にか石棺の脈動は収まっていた。  しかし部屋の温度が急激に下がった気がして、ダグボルトは身震いする。  この地下室はこんなに静かだっただろうか。静寂が耳に痛い。  テュルパンは石棺の蓋に手を伸ばすが、急にその手がだらりと下に垂れる。 「……ふう。さっきの呪文で力を使い果たしてしまったみたいだよ。ダグボルト君、悪いけど代わりに開けてくれないかな?」 「ああ、別に構わないが……」  テュルパンと場所を交代し、石棺の蓋に手を掛ける。 「この蓋は横にずらせばいいのか? それとも上にひら……」  尋ねるダグボルトの言葉が止まる。  いつの間にかテュルパンは部屋の外に出て、ドアの隙間からじっとこちらを見ていた。 「……それは何の冗談だ?」 「わ、私には気にせず早く開けてくれたまえ。横にずらすだけで簡単に開くからさ」  ドアの隙間から覗くテュルパンの目は、どこか落ち着かなげだ。  何やらひどく怯えているようにも見える。 (何なんだ、一体? やっぱり中には危険なものが潜んでるのか?)  ウォズマイラを見るが、彼女は軽く肩をすくめただけであった。  仕方なく石棺の蓋に手を掛けて、力一杯動かした。  次の瞬間、中の暗闇から白い影が飛び出した。  しなやかな動きで、一瞬にしてダグボルト達の間をすり抜け、部屋の入口へと向かう。  白い影――それは全裸の少女であった。  少女の飛び蹴りによって入口の扉は簡単に開き、後ろにいたテュルパンは廊下の壁に叩きつけられる。 「ううっ……」  苦しげな声を上げるテュルパンの上に、少女は馬乗りになった。  しっとりと濡れた長い紅色の髪が、少女の整った小さな顔に張り付いている。  歳は十五、六くらい。日に焼けた赤銅色の肌で、小柄だが筋肉がついていて引き締まった体。  サファイアのような美しいダークブルーの瞳には、激しい憎悪の光が宿っていた。 「この禿坊主ッ!! よくもアタシをあんなとこにずっと閉じこめてくれたわね!!」 「ち、違うよ、アルーサ!! それは誤解だ――」  弁解を言い終える暇もなく、アルーサの拳がテュルパンの頬を捉える。  テュルパンは必死に逃れようとするが、拳は狙いを過たず、次々と顔面に打ち込まれていく。  あっという間にテュルパンの顔は、紫色に染まりパンパンに腫れ上がる。 「気持は分かるがその辺にしておけ。いくら何でもやり過ぎだ」  ダグボルトは背後からアルーサの左腕を掴んだ。  だが反射的に放たれた裏拳がダグボルトの腹部を襲う。  ゴツッという鈍い音。 「…………!!」  しかし声にならない悲鳴を上げたのはアルーサの方であった。  彼女の裏拳は、鋼の義手によって受け止められていた。  拳に伝わる鈍い痛みを、アルーサは必死にこらえている。 「しっかりして下さい、修道長」  テュルパンを労わるようにそう言うと、ウォズマイラは彼の顔に優しく手を当てた。  温かな光が手の平から放たれ、癒しの秘跡によって傷は瞬時に癒えた。  するとウォズマイラの目の前に、アルーサが自分の手を差し出した。  鋼の義手を力強く殴りつけてしまったせいで、拳が赤黒く腫れ上がっている。 「……何です?」  冷たく尋ねるウォズマイラ。 「骨が砕けたわ。早く治してよ」 「はあ!? それはあなたが自分で傷つけたんでしょうが。そんなの自業自得ですよ。唾でもつけとけばいいんじゃないですか?」  ウォズマイラは吐き捨てるように言った。  普段の優しい姿は見る影もない。  どうやらアルーサの事をかなり嫌っているようだ。 「………………」  アルーサは無言のまま、血走った目でウォズマイラを睨み付ける。  瞳が涙で潤んでいるところをみると、かなり痛むようだ。  仕方なく代わりにダグボルトが、アルーサの手を見た。 「どれどれ……。これは打撲だな。患部を氷水で冷やしてから湿布を貼っておけば治るだろう。俺が医務室まで連れてってやる」  上着を脱いでアルーサの肩に掛け、彼女を腕に抱きかかえようとした。  するといきなりウォズマイラが、アルーサの拳に手をかざした。  温かい光と共に腫れが引いていく。 「はい、治しました。こんな怪我、ダグボルトさんの手を煩わせるようなものじゃないですよ」  ウォズマイラはぶっきら棒にそう呟く。  しかしアルーサには全く感謝するようなそぶりは無い。  それどころか大変不機嫌な顔をしている。 「アタシ、治してくれなんて頼んだ覚えないんだけど」 「はあああああ!? さっき治せって言ったじゃないですか!!」 「さっきはさっき、今は今よ。さっきは骨折したと思ったから治せって言ったけど、そうじゃなかったみたいだから、別にアンタの力なんか必要なかったのに。まったく余計な真似をしてくれたわね」 「だったらもう一度、その拳を潰してあげましょうか?」  激しい怒りでウォズマイラのこめかみはピクピクと痙攣している。  一触即発の状況を見かねて、テュルパンが慌てて二人の間に割って入った。 「二人共、落ち着いてくれよ。久しぶりの再会なんだし、喧嘩は止めて旧交を温め合おうじゃないか。ね? ね?」 「アルーサとの間に旧交なんかありませんよ。でもくだらない喧嘩に時間を割くのは勿体無いですね。あいつに言いたい事は山ほどありますけど、今は我慢します」  そう言うとウォズマイラは、憎々しげな目でアルーサの方を見た。  アルーサは軽く肩をすくめる、 「フン。へらず口は変わらないわね。でもアタシだって、アンタなんかに構う程、暇人じゃないわ。こうして無事復活出来たわけだし、いよいよ『紫炎の鍛え手』と『碧糸の織り手』に引導を渡す時が来たわね」 「いや、実はその二人の魔女は……」  気まずい顔をして口籠るテュルパン。  それを無視してアルーサはきょときょとと周りを見る。 「ところでウォーデンはどこ?」  するとテュルパンに代わってウォズマイラが答える。 「ウォーデンはすでに亡くなっています。それと『紫炎の鍛え手』と『碧糸の織り手』も、とっくの昔に私達の手で葬り去りました。ここはレウム・ア・ルヴァーナの『紫炎の鍛え手』の宮殿なんですよ」 「えええええええッ!?」  その言葉を聞いてアルーサは愕然とする。  無理も無い。  魔女との戦いのために生み出されたのに、彼女が寝ている間に全てが終わってしまったのだから。  言葉を失っているアルーサに、テュルパンがそっと声を掛ける。 「ここで立ち話も何だから、場所を変えようじゃないか。君に今までの事をちゃんと説明しなきゃいけないからね」  四人は客室にやって来た。  アルーサは長い髪をツインテールに纏め、ウォズマイラが持ってきた動きやすいズボンと、チュニック(短衣)を着ている。  テュルパンは、彼女が眠りについてから現在までの状況を事細かに説明した。  そしてそれが終わると、今度はダグボルトがアルーサの前に進み出た。 「……そういうわけだから、ミルダを元に戻すために俺に協力して欲しいんだ」 「は? 何で?」  アルーサは怪訝な顔で答える。 「テュルパンの話をちゃんと聞いてなかったのか? 残りの『偽りの魔女』を倒すにはミルダの力が――」 「いやいやいや、話ならちゃん聞いてたわよ。『偽りの魔女』達の魔力は、『真なる魔女』であるミル何とかって奴が貸したもんなんでしょ。だったらそいつ一人を殺せば済む話じゃない。しかも宝玉に封じられている今なら簡単に殺せるわ。どうしてそうしないのかって聞いてんのよ」 「……確かに以前の状況なら、お前がそういう風に考えるのもおかしくはないな。だが今は別だ。他の魔女はともかく、災厄の王女――『白銀皇女』は自らの胎内で無限の魔力を生成出来る。だからミルダを殺しても力を失うことはない。しかもどれだけ肉体を損壊しても、再生できる能力まで身に着けてるんだ。そんな化け物をミルダ無しでどうやって倒す気だ?」 「いくら不死身に限りなく近い再生能力を持ってても、髪の毛一本も残らないくらい完全に滅してしまえば無意味だわ。アタシの戦闘能力と神気を持ってすれば、そのくらいの事は可能よ」  アルーサは自信たっぷりに言った。  だがダグボルトは冷たくかぶりを振る。 「前にミルダが言っていたが、『白銀皇女』は戦闘能力を全く持っていない。だがそれは決して弱いからではなく、あいつの『見えざる焔』が強力過ぎて、そもそも戦闘する必要なんか無いからだ。だからお前が、いくら戦闘能力に優れていても、あいつに近づく暇もなく焼き殺されるだろう」 「でもテュルパンの話じゃ、アンタはあいつに一撃浴びせたらしいじゃない。要するにそれだけの隙があったんでしょ」 「それはあいつに俺を殺す気が無かったからだ! もしあいつに殺意があったなら、俺なんか瞬時に焼き殺されてただろう」  ダグボルトはきっぱりと言い切った。  しかし今度はアルーサが冷たくかぶりを振る。 「あっそ。まあそんな話はどうでもいいわ。それよりそのミル何とかって奴が、アタシには全く信用出来ないんだけど。ほんとうにそいつはアタシらの味方なの? 『偽りの魔女』から魔力を全て取り戻したら、本性を現してアタシらの敵にならないって言い切れんの?」 「その気持ちは分からんでもない。俺も初めてあいつに出会った時に同じような事を言ったしな。だが共に戦っているうちに、あいつはそういう悪巧みが出来るようなタイプじゃないって分かったんだ。悪の導き手なんて役割を与えられている割には、優し――」 「アタシはアンタも信用できないって言ってんの! アンタが『魔女殺しの騎士』のふりをした『魔女の飼い犬』じゃないって、どうして言い切れんのよ」 「その言葉は聞き捨てなりません!! ダグボルトさんはそんな人じゃありませんよ!!」  二人のやり取りを聞いていたウォズマイラが叫んだ。 「私が『紫炎の鍛え手』に捕えられた時、ダグボルトさんはその身を挺して助け出してくれました。それにダグボルトさんが鍛えてくれたからこそ、私は『紫炎の鍛え手』を倒せたんです。他にも劫罰修道会の活動に色々と貢献してくれています。そんな人を『魔女の飼い犬』呼ばわりするなんて……」  ウォズマイラは怒りで唇を震わせる。  しかしアルーサは冷然とした眼差しを向ける。 「アンタも甘いわねえ。『偽りの魔女』を倒す目的自体は一致してるんだから、アンタ達に協力するのは当然でしょ。でも最後に裏切らないってどうして言い切れんのよ」 「それはダグボルトさん達と行動を共にしていたら自然と分かる事です。少なくともあなたなんかよりよっぽど信頼できますよ!!」  そしてウォズマイラは、テュルパンの方を向いてこう言った。 「ダグボルトさんには私が同行します。そして私に何かあった時のために、ここにはアルーサを残していきます。私の身に何かあっても、アルーサなら代わりに劫罰修道会の象徴的存在になれるはずですから」  しかしその提案にテュルパンは勿論、アルーサも納得がいかない様子であった。 「だからそこのオッサンの頼みなんか放っておいて、魔女の親玉をここで殺せば済む話だって言ってんでしょ! アンタもさっさと宝玉を渡しなさいよ!」  アルーサはダグボルトに手を差し出した。  しかしダグボルトは毅然とした態度で首を横に振る。 「断る。どうしてもミルダを殺すっていうのなら俺が相手になるぞ」 「へえ。ようやく本性を露わにしたわね、魔女の犬。だったら今ここでぶち殺してやるわよ」  アルーサは冷徹な口調で言った。  だがすぐにウォズマイラが目の前に立ち塞がった。 「そんな事は私が絶対に許しません」 「フン。だったらアンタも纏めて相手してやるわよ。前からアンタの事が気に食わなかったし、ちょうどいい機会だわ」  殺気走った二つの視線がぶつかり合い、激しい火花を散らす。  テュルパンが割って入ろうとするが、アルーサに突き飛ばされ、尻餅をついてしまう。 「もういい、ウォズ。これは俺とあいつとの問題だ。ここは俺に任せてくれ」  ダグボルトはそう言うと、ウォズマイラを優しく押しのけて前に進み出た。 「アルーサ、今はまだ『偽りの魔女』との戦いのさなかだ。それなのにこうやって人間同士でいがみ合って、殺し合うなんて愚かだと思わないか? それこそ魔女共の思う壺だぞ」 「ずいぶんと口が達者ね。でもアタシはウォズみたいなお人よしじゃないわよ。そんな言葉に騙されるほど愚かじゃないわ」 「俺は別に、言葉でお前を説得しようなんて考えてない。ここはお前の望み通り、戦いで白黒つけようじゃないか」  そして一呼吸おいてこう続ける。 「俺とお前が一対一で戦い、お前が勝てばミルダを好きにしていい。だが俺が勝ったら、ミルダを元に戻す手助けをして貰う。それでいいな?」 「は? 全然いいわけないでしょ。何でアタシが、そんなしょうもない勝負を飲まなきゃいけないのよ」  アルーサは吐き捨てるように言い切った。 「……ダグボルトさんに勝てる自信が無いんですね」  今度はウォズマイラが口を挟む。  アルーサは広い額に皺を寄せ、不快感を露わにする。 「フン。いい子ちゃんのアンタらしい安っぽい挑発ね。アタシはそんなのに簡単に乗るような安っぽい女じゃないんだけど」 「そうですか。それは済みませんでした。……ところであなたは、今までに何人の魔女を倒しました?」  その言葉にアルーサの目尻がピクッと反応する。 「私は『紫炎の鍛え手』を倒しました。ダグボルトさんは『碧糸の織り手』と、さらにもう一人魔女を倒したそうです。それであなたは、今までに何人の魔女を倒しましたか?」 「………………」 「言いたくないのなら、私が代わりに答えてあげましょう。ゼロですよね。ゼロ。ダグボルトさんを、さんざんオッサン呼ばわりしておきながら、あなたは何の戦績も挙げていない。そうですよね?」 「うるさいッ!!」  アルーサは目の前のテーブルを激しく殴りつけた。  小柄な身体からは考えられないほどの力で、堅い樫の木のテーブルに小さなひびが入る。 「アタシに戦果が無いのはアンタらに眠らされてたからよ! 魔女の一人や二人、アタシがこれからいくらでも倒してやるわ!」  アルーサの目は怒りで血走っている。  挑発には乗らないと言っておきながら、ウォズマイラの挑発にまんまと乗せられていた。 「口先だけでは何とでも言えますよ。でも神気を使えないダグボルトさんにさえ勝てないあなたには、魔女の相手は少々荷が重過ぎるんじゃないですか?」 「はあ!? どうして勝てないって決めつけんのよ!」 「だって勝てないって分かってるから、ダグボルトさんの勝負を受けないんでしょう? 誤魔化しても無駄ですよ。あなたがどんな言い訳してもバレバレですからね」 「分かったわよ!! やってやるわ!! アタシの力を持ってすれば、そんなオッサン一人、目をつむってでも倒せるんだから!!」  話がまとまるとアルーサはテュルパンの方を向いた。 「あいつと勝負できそうな場所に案内してよ」 「い、今すぐにかい?」 「当たり前でしょ!! すぐにでもあのオッサンを叩きのめして、糞生意気なウォズの鼻っ柱をへし折ってやるんだから!!」  そう言うとテュルパンの首襟を掴んで、引きずるようにして廊下に出て行った。 「申しわけありません、ダグボルトさん。あなたのお役に立ちたくてあいつを目覚めさせたのに、かえってご迷惑を掛ける事になってしまって……」  二人きりになるとウォズマイラが遠慮がちに言った。 「気にするな。むしろ俺のためにお膳立てしてくれて感謝している。お前のためにも絶対に勝つからな」  その言葉を聞いてウォズマイラは僅かに顔を赤らめた。  だがすぐに表情を引き締める。 「さっきはああ言いましたがアルーサは相当強いです。実力は私を遥かに上回っています。どうかお気をつけ下さい」 「ああ、分かった」  『白銀皇女』の居城で長らく安逸を貪っていたが、ダグボルトは久しぶりの戦いに血が沸き立つような気分であった。  平和を望む気持ちとは矛盾するような、暴力への渇望。  それは善きにつけ悪しきにつけ、人間の根源的なエネルギーの源でもあるのだろう。
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