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 通路の最奥部にある、豪華な意匠の施された両開きの扉の前に三人は立っていた。  扉の向こうからは人々の楽しげな声が漏れ聞こえてくる。  先頭のダグボルトが左手をスレッジハンマーに掛け、右手で扉を押し開ける。  すると内部は巨大なホールとなっていた。  高い天井には十基の大きなシャンデリアが吊るされていて、ホールの中は大分明るい。  そこには百人近い人間が集められていた。  身なりも、性別も、人種も、年齢も様々。  純粋に幸運の持ち主だという理由だけで、『猛禽の女郎』から招待状を送られた人々だ。  ホールに入って来たダグボルト達に注意を払う者は誰もいない。  それもそのはず。  二十程のテーブル席では、それぞれ『梟の異端』がディーラーとなって、様々なギャンブルが催されていた。  カードに、サイコロに、ルーレットなどなど。  人々は皆、ギャンブルに熱中していて、周りに目を向ける余裕などないのだ。 「ようこそいらっしゃいました、お客様。何をお飲みになられますか?」  酒のグラスを載せたトレイを手にした『梟の異端』が、ダグボルト達に声を掛けてきた。  だがダグボルトは首を横に振る。 「何もいらん。『猛禽の女郎』はどこだ?」 「マスターならば、あの扉の奥にいらっしゃいます」  『梟の異端』は翼先でホールの奥の両開きの扉を指し示した。 「……しかし誰でもすぐにマスターに挑戦できるわけではございません。まずはここで我々を相手にゲームで勝負していただきます。そしてポイントを稼いでいただく事で、マスターへの挑戦権が得られるのです。そういうルールになっておりますので――」 「黙れッ!!」  ダグボルトは『梟の異端』の胸の羽根を掴んで怒鳴りつけた。  その声で周りにいた客達も一瞬のうちに静まり返る。 「お前の仲間のアンフェアなゲームで、こっちは酷い目に遭わされたんだ!! もうお前達の言うルールなど全く信用出来ん!! ゲームに関係なく、勝手に会わせて貰うからな!!」  ダグボルト達の不穏な動きを見て、他の『梟の異端』達が周りを囲むように集まって来た。  皆、黒々とした丸い瞳に殺気を漲らせている。  怯えた顔をした客達は、争いに巻き込まれるのを避けようと、こそこそとテーブルの下に隠れ出す。  だがその時、奥の扉から全身真っ白な羽毛で覆われた『異端』が現れ、一触即発の状況を見て一喝した。 「お前達止めろッ! マスターの御命令だ。その方達をお通しするのだ」  『梟の異端』達は渋々道を開ける。  白き『異端』は奥の扉に入るよう三人を促した。  ダグボルトは白き『異端』をひと睨みすると、ウォズマイラ達を引き連れて、ズカズカと両開きの扉の奥に入って行った。  中は薄暗い通路になっていて、その先にまた両開きの扉があった。  ドアノブはついておらず、木製の枠組みに薄紙の窓がたくさん嵌め込まれた奇妙な扉だ。窓からはかすかな光が漏れている。  ダグボルトは扉を押すが、ガタガタと揺れるだけで開く気配は無い。  だがスレッジハンマーを叩きつけて扉を破壊しようとした瞬間、奥から若い女の声がした。 「わざわざ壊さなくても、鍵はかかってませンよ。押すンじゃなくて、横にスライドしてくれませンかねえ」  よく見ると扉の横には、小さな取っ手がついていた。  ダグボルトはヘルムの中で僅かに顔を赤らめると、扉を横にスライドさせた。  今度はスッと簡単に開く。  中は十ギット四方の広々とした和室になっていた。  壁と天井に竹が張られていて窓は無く、床には東方諸島原産のイグサを編んだ畳が並べ敷かれている。  部屋の中央には置行灯があり、薄紙越しの儚げな光で周囲を照らし出している。  部屋の奥には、ダグボルト達には読めない東方諸島の文字で、『蘭の花』と書かれた掛け軸が掛けられていた。  掛け軸の前に置かれた刀掛けには、鞘に美しい装飾の施された一振りの刀が置かれている。  刀の前には女が一人、片膝をついて畳に腰を降ろしている。  黒のキモノを着崩していて、両肩を剥き出しにしたしどけない姿。  キモノの裾からは形のいいすらりとした足が伸びている。  繊細な指には不釣り合いな長く鋭い爪を生やし、なぜか左手だけに黒い皮手袋を嵌めていた。  おしろいをべっとりと塗った肌は雪のように白く、艶のある長い黒髪を頭の上で結っている。  鳥の羽根をあしらった木彫りの鷹の面を被っているので、素顔は全く分からない。  だが面が小さめなために、赤く濡れた唇だけは見ることが出来る。  唇の左下にあるほくろが、何ともいえない妖艶さを醸し出していた。 ――この女こそが『偽りの魔女』、『猛禽の女郎』。 「お前達は一体何者だ!? 勝負の邪魔をする気か!?」  『猛禽の女郎』の前に座っていた恰幅のいい男が叫んだ。  歳は五十台前後、白髪交じりの黒髪と口髭は綺麗に整えられていて、高貴な身なりをしている。  二人の間には白い布が敷かれていて、その上に三つのサイコロが置かれている。  どうやら何かのゲームで勝負している最中だったようだ。 「お気になさらないで下せえ。あれはあンたの次に、あたしと勝負したい方達でござンすよ。……そうでございやしょう?」  尋ねる『猛禽の女郎』の黒い瞳が物憂げに輝く。  ダグボルトは腰のスレッジハンマーに掛けていた手を離し、小さく頷いた。 「ではとりあえず部屋に上がって待ってて貰えやすか。もう少しでこの方との勝負がつきますンでね」  するとアルーサがダグボルトの脇腹を肘で突いて、小声で囁きかける。 「ちょっと! まさか莫迦正直にゲームで勝負する気? あいつを叩きのめして、ミル何とかを元に戻させるんじゃなかったの?」 「分かってる。俺だってまともにゲームをするつもりなんかない。だが無関係な人間を巻き込むのは避けたい。あのゲームが終わるまでは待ってやろう」 「ちぇっ。しょうがないわね」  だがアルーサが畳の上に土足で上がろうとした瞬間、『猛禽の女郎』の鋭い声が飛ぶ。 「ちょいとお待ち下せえ! 畳の上は履物厳禁なンで、申し訳ありやせンが、そこで靴を脱いでから上がってくれませンかねえ」  よく見ると玄関に二足の靴が置かれている。  一つは高級な豹革の靴、もう一つは東方諸島でも珍しい一枚歯の高下駄。  見知らぬ男と『猛禽の女郎』のものだろう。  アルーサはぶつぶつ文句を言いながらも、不承不承ブーツを脱いで畳の上に上がった。  ダグボルトとウォズマイラも大人しくそれに従う。 「……ところで今度はあンたが親ですよ。さあ、種銭を賭けて、さっさと賽を振って下せえ」  ダグボルト達が少し離れた場所に腰を下ろすと、『猛禽の女郎』は身なりのいい男を促した。  男の足元には二十二枚の銅銭が積まれている。一方で『猛禽の女郎』の足元には八枚。  今のところ、男の方がリードしているようだ。 「賭け金は八枚だ! どうだ! 受けるか、『猛禽の女郎』!」  男は自分の種銭のうちから八枚を前に押し出しながら叫んだ。  その勢いで残された銭の山が崩れる。 「もしこのゲームを受けて負けた場合、八枚の種銭を失ってあたしの負けになりやすね。ゲームを始める前に、勝負を降りて親を交代する事も可能ですが、そうなると種銭を一枚この兄さンに差し出さなきゃならないンですよねえ」  『猛禽の女郎』は観戦しているダグボルト達にそう説明すると、自分の種銭を全て前に押し出した。     そして静かな口調でこう告げる。 「その勝負、受けて立ちますよ、兄さン」 「いい度胸だ!」  男は白い布に置かれた三つのサイコロを手に取った。  そして手の中でシャカシャカと振りながら、しばし何かを考え込む。 「デッドポイントは……。七十五……いや、八十だ!」  そう告げると、男は三つのサイコロを白い布の上に叩きつけるように落とした。  目の合計は九。  すると今度は『猛禽の女郎』が、サイコロを一つだけ手にしてさっと軽く振った。 「三。合計は十二ですね。さあ、あンたの番です」  男は再びサイコロを振る。  次は『猛禽の女郎』。  二人はそうして出た目をどんどんと加算していく。 「成程、『ハイ・アンド・デッド』か」  少し離れた場所で胡坐をかいて、ゲームの様子を見ていたダグボルトが小声で呟く。  横にいたアルーサが首を傾げる。 「何それ?」 「大陸北部の安酒場じゃ割とポピュラーな賭け事だ。親は五十から百の間で好きなデッドポイント(基準点)を決め、互いにサイコロを振り合う。そして二人のサイコロの目を合計していって、最終的にデッドポイントを越えた奴が負けになるんだ」 「ふーん」 「振るサイコロは一個から三個まで、毎回好きに選べる。負けそうになった場合、ゲームの途中で勝負を降りる事も可能だが、その場合は賭け金の半分を失う。ルールはだいたいそんなところだ」  男と『猛禽の女郎』は次々とサイコロを振り合っていった。  デッドポイントが近づくにつれ、二人はサイコロをいくつ振るかを熟考するようになる。  そして『猛禽の女郎』の手番。  現在の合計値は七十三。  『猛禽の女郎』は少し迷った後、サイコロを手に取った。  一つ――ではなく二つを。 「ちょっと!! どうして二つなのよ!!」  驚いたアルーサが思わず叫ぶ。  ゲームに集中していた男と『猛禽の女郎』の冷たい視線が向けられる。  慌ててダグボルトが左手でその口を塞いだ。 「むぐっ……。だってデッドポイントまであと七なのよ。サイコロ一個なら絶対に越えないのに、何でわざわざリスクを冒すわけ……?」  もごもごと呟くアルーサ。  すると『猛禽の女郎』の口元に微かな笑みが浮かぶ。  勝利を確信するかのような笑みが。  同時に二つのサイコロが白い布の上を転がった。  出目は――。 「三と四。合わせてちょうど七になりやすねえ」  『猛禽の女郎』の言葉には死刑宣告のような響きがあった。  男の顔が一瞬で真っ青になる。 「何? 何? これってどういう事?」 「すまん、さっきルールを一つ教えるのを忘れてた。合計点がデッドポイントちょうどになった場合、サイコロを振った側の勝ちになる。しかも敗者から、賭け金の三倍が支払われるんだ」  目をぱちくりさせているアルーサにダグボルトが答える。 「兄さンの種銭は二十二枚。そして賭けた八枚の三倍の二十四枚を失うから、今この瞬間に決着はついたンですよ。あたしの勝ちでね」  『猛禽の女郎』は淡々とそう告げる。  だが次の瞬間、ぶるぶると小刻みに震えていた男が急に立ち上がった。  顔には納得のいかない様子がありありと窺える。 「い、い、イカサマだッ!! そんなに都合よく、デッドポイントちょうどの目が出るわけない!! こんなのインチキだ!!」 「イカサマねえ……」  『猛禽の女郎』は駄々っ子に悩まされる母親のように深いため息をついた。 「よく考えてみて下せえよ。二個のサイコロを振った時、『七』が出る組み合わせは『一と六』、『二と五』、『三と四』、『四と三』、『五と二』、『六と一』と六通りで他の数より多い。つまり確率的には一番出やすい数字って事になりやす。それならむしろ、出ても当たり前じゃないンですかねえ」 「そ、それはそうだが、デッドポイントを越えていたら、そこでお前の負け確定なんだぞ! それなのにあそこで二個振るなんて、あまりにも不自然じゃないか!」  すると仮面の奥の『猛禽の女郎』の目がスッと細くなる。 「不自然ですって? むしろあそこで仕掛けなきゃ、そいつは博徒失格ですよ。勝つか負けるかのギリギリの状況で味わう、ヒリつくような感覚……。フフッ、それが博打の最大の楽しみなンじゃねえですかい……」  『猛禽の女郎』は両手で自らの身体を抱き、ゾクゾクと身を震わせた。  仮面の奥で陶酔の表情を浮かべ、濡れた舌で官能的な上唇をぺろりと舐める。 「狂ってる……。もう、やってられん!! 私は帰るからな!!」  男はそう叫ぶと、くるっと後ろを向いて足早に和室を立ち去ろうとした。 「お待ちなせえッ!!」  その背に鋭い一喝。  いつの間にか『猛禽の女郎』の手には、刀掛けにあった刀が握られている 「まさかあンた、今の勝負で自分が賭けた物も忘れてしまったンですかい?」 「そ、それは……」 「あンたは永遠の若さを望んだ。その対価に賭けたのは『人としての命』。今ここできっちり支払って貰いやすぜ」 「待て、『猛禽の女郎』ッ!!」  不穏な空気を感じたダグボルトは、『猛禽の女郎』を止めようと腰のスレッジハンマーを引き抜く。  だがそれよりも早く、鞘走った刀身が閃光となって瞬き、また鞘の中へと消えていた。  これが東方諸島の剣技『居合』!  男の頭から股間にかけて縦に一本の赤い筋が走る。  ダグボルトには男の身体が真っ二つに裂ける――かに見えた。  だが違った。  突如として男の体毛がバサバサと抜けていき、代わりに毛穴から鳥の羽根が生えてくる。  両目が縦に伸びて丸くなり、唇から鋭い嘴に変わった。  両手の筋肉が広がって大きな翼となり、足の指からは鋭い爪が伸びる。  そして男は、人では無い別の何か――『梟の異端』へと変生したのだ。 「これはどういう事だ……?」  唖然とするダグボルト。  ウォズマイラとアルーサも思わず立ち上がっていた。 「あたしはゲームに勝った相手の望みを何でも叶える代わりに、必ず『人としての命』を賭けて貰ってやす。そして今、負けたあの兄さンの『人としての命』を断ち切らせていただきやした。それはつまり、人である事を辞め、『異端』としてあたしに仕えて貰う事を意味してるンですよ」  『猛禽の女郎』が軽く手を振ると、『異端』となった男は和室の外に出て行った。 「さあ、今度はあンた達の番です、魔女殺しの兄さン。あたしに何をお望みで?」  ダグボルトは懐から琥珀色に輝く宝玉を取り出した。  宝玉の中を覗き込んだ『猛禽の女郎』の目に驚きの光が宿る。 「ここに閉じ込められているミルダを元に戻してほしい」 「『黒獅子姫』姐さん……。まさかこンな姿になっちまうなんて……」  驚いた事に、そう呟く『猛禽の女郎』の口調には沈痛の響きがあった。  戦いを挑むつもりだったダグボルトの心に、僅かに迷いが生まれる。 (今まで出会った『偽りの魔女』は、狂気に取り憑かれて慈悲の心を失った怪物ばかりだった。だがこの『猛禽の女郎』は、そいつらよりは多少なりとも正気を保っているように見える。もし交渉の余地があるなら、ウォズマイラやアルーサを危険な目に合わせずに済むんだが……)  だがダグボルトの思いを打ち砕くように、『猛禽の女郎』はこう続ける。 「……あたしとしては、すぐにでも元に戻してやりてえところなンですがねえ。ですがルールはルール。あたしとのゲームに勝って貰わない限りは、元には戻せませンね。それでどんなゲームで勝負しやすか? サイコロでもカードでも、あンたの好きなゲームを選んで下せえ」  だがダグボルトは静かに首を振った。 「いいや、ゲームはしない。悪いが、力ずくででも望みを叶えて貰う」  その言葉と同時に、ダグボルト達は一斉に武器を構えた。  激しい戦いを覚悟してか、全員の顔に緊張の色が浮かんでいる。  しかし『猛禽の女郎』だけは手にした刀を構える様子も無く、まるで戦う姿勢を見せようとはしない。 「へえ、力ずくでねえ。そいつは無駄だと思いますがねえ」 「だったら自分の身体で確かめてみなさいよ、鳥頭の魔女ッ!!」  怒りの声を上げるアルーサ。  暗闇に一筋の光が注がれるかのように、黒のキモノを着た『猛禽の女郎』目がけ、光のジャベリンが放たれた。  しかしジャベリンは、まるで見えない壁にぶつかったかのように、パシッという乾いた音を立てて弾き飛ばされる。そしてそのまま消滅してしまった。 「なッ!?」 「残念でしたねえ、赤毛のお嬢さン。では今度はこちらから参りますよィ!」  キュッと足袋が畳を擦る音。  『猛禽の女郎』はすり足で瞬時にしてアルーサとの距離を詰める。  ダグボルトは咄嗟に自らの身体を盾にして、背後のアルーサを守ろうとした。  その時、『猛禽の女郎』の軌道が直線から曲線へ――それはあまりにも滑らかで自然な動き――ダグボルトの脇をするりと抜けて、アルーサの眼前へとたどり着いていた。 「アルーサーーーーーーッ!!」  ダグボルトの絶叫を引き裂くように、弧を描く閃光がアルーサの細い身体の上を柔らかく撫でる。  思わず目を閉じるアルーサ。  死を目の前にして、背筋にぞくぞくと悪寒が走る。  だが次の瞬間、くるくると光の回転がダグボルトの脇を抜けた。  そして畳に刀の切っ先が突き刺さる――『猛禽の女郎』の刀だ。  なぜかアルーサへの攻撃は、『猛禽の女郎』への攻撃と同じように、見えざる障壁で弾かれていた。 「プッ」  不意に『猛禽の女郎』の口元が歪む。 「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」  そしてけたたましい笑い声が部屋を満たす。  三人は目を丸くして、爆笑する『猛禽の女郎』を見つめていた。  しばらくして笑いが収まった『猛禽の女郎』は申し訳なさそうにこう言った。 「フフッ、びっくりしましたかい? 実はこの部屋は、あたしの魔力で生み出された異空間でしてねえ。この空間にいる者は、あたしがゲームを円滑に行うために定めた様々なルールに、否応なしに従わされてしまうンですよ。そのルールの一つが『他人への攻撃は全て無効化される』なンです。もちろんこいつはルールを創ったあたし自身も対象となりやす。ゲームはフェアでなくちゃ、面白くないですからねえ」 「だがお前の攻撃で、さっきの男は異端に変えられたじゃないか。あれはどうなんだ?」  ダグボルトの指摘を受けた『猛禽の女郎』はニヤリと笑う。 「いいところを突きますねえ。ですがあれは、ルールに基づいてあの男が賭けた物を取りたてただけですよ。攻撃には当たりやせン」 「………………」  ダグボルトは顎に手を当てて考え込む。そしてゆっくりと口を開いた。 「……そのルールとやらは、この空間の中でだけ有効なのか?」 「ええ、そうなりやすねえ」 「だったら今すぐ外に出て貰おう。それならお前のルールに従う必要はないからな」  『猛禽の女郎』の腕をぐいとつかみ、外に連れ出そうとするダグボルト。  すると再びけたたましい笑い声が部屋を満たした。 「ハハハハハ!! そんな事はとっくの昔に想定済みですよ。まあ詳しくは自分でルールを確認して下せえな」  何もない空間に急に光り輝く文字列が現れた。  筆で書かれたような達筆な文字だ。  だがそれを見たウォズマイラは顔を顰める。 「これは私達には読めませんよ」 「ああ、済みやせン。あンたら西方の人間には、東方諸島の文字は分からないンですね。では分かる言葉に変換いたしやしょう」  『猛禽の女郎』が指先で文字を軽くつつくと、ダグボルト達にも見慣れた大陸公用語へと変わった。 ルール① この部屋は互いの望みを賭けてゲームを行うための場である。      ゲームの勝者は『おぼろ残月』の力によっていかなる望みも叶えられる。 ルール② ゲームに種銭(コイン)を用いる事が可能である。      その場合、種銭の額は賭けた物の価値によって自動的に決定される。 ルール③ 部屋の中にいる他者への物理攻撃は基本的に全て無効化される。 ルール④ 部屋の中にいる者を他者が強制的に外に出す事を禁ずる。      これを破りし者は、『おぼろ残月』によってその首を失う。 ルール⑤ ゲームでの不正なイカサマ行為を禁ずる。      これを破りし者は、『おぼろ残月』によってその首を失う。 「これで分かったでしょう? 無理にあたしを外に出そうとするなら、首を刎ねられる事になりますよ、魔女殺しの兄さん」  しかしダグボルトは『猛禽の女郎』の腕を掴む手を離さず、傲然と睨み付けている。 「ずいぶんとご立派なルールだな。だが本当にこれで全部か? まさか重要なルールを隠してたりはしないだろうな? お前の部下は、ルールの後出しで俺達を罠に嵌めて始末しようとしたんだぞ。お前もそうじゃないってどうして言い切れる?」  すると『猛禽の女郎』はダグボルトの手を強引に振り切った。  睨み合う二人の鋭い視線が火花を散らす。  だが『猛禽の女郎』が次にとった行動は、ダグボルト達の理解の範疇を越えていた。  いきなりその場に正座すると、畳に額をぴったりとくっ付けたのだ。 「その件については大変申し訳ありやせンでした! 部下の不始末は上司であるあたしの不始末! 本来なら死ンでお詫びするところですが、どうかこれでお納めいただけやすでしょうか!」  突然の予期せぬ行動に、ダグボルトは困惑の表情を浮かべる。 「いや、何て言ったらいいか……。とにかく頭を上げろ、『猛禽の女郎』」  『猛禽の女郎』はゆっくりと額を畳から離した。  仮面の向こうに見える黒真珠のような美しい瞳には、嘘偽りの無い謝意が現れている。  思わずため息をつくダグボルト (ある意味、今まで戦ってきた魔女達より遥かに厄介に相手だな。他の魔女はプライドが高く、人間を見下していたが、こいつは必要とあらば人間に頭を下げる事も厭わないときてやがる。こうも下手に出られると、どう対応していいか困るな……)  だが常識人のダグボルトやウォズマイラとは違い、アルーサだけは下手に出た相手にも全く遠慮する事は無く、傲然とこう言ってのける。 「だったらゲーム抜きでさっさとミル何とかを元に戻してよ。本当に心の奥底から謝罪する気持があるんなら、それぐらいやって当然よね」  アルーサの面の皮の厚さをダグボルトは羨ましく思う。  しかし畳に正座したままの『猛禽の女郎』は、毅然とした態度で首を横に振る。 「いいえ、それだけは出来やせン。ルールはルールですから、ちゃんとゲームで勝負して、勝って貰いませンと」 「ルール、ルールってうっさいわね!! アタシにはアタシのルールがあんの!! アンタのルールなんて知ったこっちゃないわよ!! いいからさっさとやりなさいって!!」 「ですからそれは無理なンですよ」  二人の話が平行線を辿るのを見て、ダグボルトはぎゃあぎゃあと喚いているアルーサを後ろに追いやった。 「……つまりここでお前とゲームする以外に、ミルダを元に戻す方法は無いんだな」 「ええ、その通りでありやす」 「だったら受けよう」  その言葉にアルーサとウォズマイラは驚きの声を上げた。  だが誰が何と言おうが、ダグボルトはすでに覚悟を決めていた。  勝負を止めようとする二人を無視して、先ほど男が勝負を行っていた白い布の前に腰を下ろす。  ヘルムを脱いでドンと脇に置くと、マントで額の汗を拭う。 「その言葉を待ってやしたよ、魔女殺しの兄さン。こっちはずっとあんたと勝負したくて、ウズウズしたンです」  『猛禽の女郎』はにっこりと微笑むと、畳に刺さった刀を抜いて鞘に納めた。  そしてダグボルトの前に腰を下ろすと、恭しい仕草で刀を差しだした。 「ところでこいつを預かってて貰えやせんか?」  思わずダグボルトは面食らう。 「刀はサムライの魂じゃないのか? 聞いた話じゃ、サムライは自分の刀に他人が触れるのを極度に嫌うらしいが」 「フフッ。兄さンは東方諸島のしきたりについて詳しいようですねえ。確かにその通りでやす。ですが、だからこそ預かって欲しいンですよ。あたしの謝罪の証としてね」  受け取った刀はまるで羽毛のように軽い。  にも関わらずダグボルトにはずっしりと重みが感じられた。  この刀で今までに殺された人間の命の重みなのだろう。 「俺には刀の事はよく分からないが、これはきっと名のある鍛冶師が鍛えた物なんだろうな」 「よく分かりやしたねえ。そいつは東方諸島でも五本の指に入る鍛冶師、ムサラマ・ゼンコーが鍛えあげた九振りの刀――通称『ムサラマ・シリーズ』の中でも妖刀として知られる『おぼろ残月』です」 「妖刀?」 「ええ。そいつにはちょっとした逸話が御座いやしてね。ある日、ムサラマの十五歳になる息子は、その刀の美しい刀身をうっとりと眺めてやした。しかしその時、うっかり手を滑らせて刀を落としてしまったンです。すると刀の切れ味があまりに良すぎたせいで、鋭刃がちょっと掠っただけで、息子の身体は真っ二つに切り裂かれてしまったンでやす」 「それ程の切れ味なのか、こいつは」  ダグボルトは改めて鞘に納められた刀を見る。  これが一度鞘から抜かれれば、その一刃は人間の骨肉など薄紙のようにやすやすと切り裂いてしまうのだ。鞘に収まっている状態でも、ひしひしと凄みが感じられる。 「息子の死に絶望したムサラマは、今まで自分が鍛えた刀で殺された人間の怨念が『おぼろ残月』に宿ったンだと考えやした。そして最期は自らの罪を償わんとして、『おぼろ残月』で自分の首を刎ねて命を絶ったンです。そのあまりの切れ味の良さ故に、名のあるサムライ達は残された『おぼろ残月』をこぞって欲しがりやした。しかし妖刀に込められた怨念のせいか、所有者は次々と非業の最期を遂げていき、ついは使い手が誰も現れなくなったンですよ」  その言葉に目を丸くしたダグボルトは、まるで熱した鉄に手を触れたかのように、慌てて『おぼろ残月』を畳の上に置いた。  それを見て『猛禽の女郎』はくすくすと笑う。 「そんなに恐れなくても大丈夫ですよ。あたしが込めた魔力によって、そいつの災いの力は封じられてやすからね。それどころか今の『おぼろ残月』は、本来の力と魔力との相乗作用で、いかなるものでも断ち切る事の出来る強大な能力を得やした。そいつに秘められし力を解放すれば、それこそ神ですら――あのミュレイアですら、一刀のもとに斬り伏せる事が出来るンですよ」 「莫迦な!! いくらなんでも、こんなもので神を殺せるわけがない!!」  教会が失われても、女神ミュレイアへの信仰心を持ち続けているダグボルトは、思わず声を荒げる。 「まあ、そいつに秘められし力でミュレイアを殺すには、三つの条件を満たす必要がありやすがねえ。一つ目は、ミュレイアがこの部屋にやって来る事。『おぼろ残月』の真なる力は、この部屋の中でしか発動できませンから。そして二つ目は、ゲームでミュレイアに勝つ事。『おぼろ残月』の力もまた、この部屋のルールに忠実に働くンですよ。最期に三つ目。その刀に秘められし真なる力、それは運気を切れ味に変換する能力なンです。しかも断ち切りたい物によって、必要な運気の量も変わって来るンですよ。つまりミュレイアを殺そうとするのなら、それ相応の強大な運気が必要になりやす」 「そこまでいくとさすがに非現実的だな」  冷淡なダグボルトの言葉に、返事の代わりに肩をすくめて見せる『猛禽の女郎』。  そして話を続ける。 「今の話に一つ付け加えさせて貰いやすと、この部屋でもっとも高い運気を持つ者――つまりゲームの勝者のみが、『おぼろ残月』に秘められし力を解放させられやす。しかもその真なる力を持ってすれば、物質だけでなく観念的な物ですら断つ事が可能でやす。不治の病にかかった者の病を断ち切ったり、あるいはあンたが望むように『黒獅子姫』姐さンの封印を断つ事もね。ルールにも記載されてやしたけど、実は何でも望みを叶えられるのは、あたしじゃなくてこの刀なンですよ」  そう言うと『猛禽の女郎』は畳の上の『おぼろ残月』を、愛おしい我が子のように優しく撫でた。 「さて、と。では長話はこのくらいにして、そろそろゲームを始めやしょうか。あンたが勝てると思うゲームを好きに選ンで下せえ」 「………………」  ダグボルトは目を閉じて、思考をフル回転させる。 (相手はゲームの達人だ。へたなゲームを選んでしまったら、その時点で勝敗が決しかねん。それにあれだけ自信ありげなところを見ると、あいつはイカサマに抵触しないレベルの、何らかの能力を持っているのかも知れない。だとしたら単純に運を試すだけのゲームよりも、駆け引きのある戦術的要素の強いゲームを選んだ方がいいな)  熟考を重ねた末、ようやくダグボルトはゲームを決めた。 「……『キングス・ベット・ハート』にしたい。ルールは分かるか?」 「ええ、勿論ですとも。あたしは古今東西、あらゆる賭け事に精通していやすからね。ではゲームに使うカードを準備いたしやしょう」  するといきなり『猛禽の女郎』は、側の畳をくるりと返した。  畳の下には空洞があり、そこにはありとあらゆる種類のゲームの小道具が置かれていた。  『猛禽の女郎』はその中から小さなカードケースを選び出す。 「こいつにイカサマなどの仕掛けがないか、念のために自分の目で確認して下せえ」  カードケースを受け取ったダグボルトは、中のカードを白い布の上にぶち撒けた。  カードは三十三枚。  『鷲』、『熊』、『狼』が描かれた三種類があり、それぞれが一から十の数字カードと一枚のキングで構成されている。  カードの裏面は黒一色で、ダグボルトはあらゆる角度から眺めてみたが、表面の内容が分かるようなイカサマは仕掛けられていないように見える。  カードはプラチナを薄く延ばしたもので、爪で傷をつけて目印をつける事も出来ない。 「特に問題はないようだな」 「ではまず、あたしがカードを山に分けて切りますンで、その後にあンたがもう一度切って下せえ。それならイカサマの余地はないでしょうからね」  『猛禽の女郎』は『鷲』、『熊』、『狼』のカードを、同じ種類で三つの山に分けた。  右の山が『鷲』。  中央の山が『熊』。  左の山が『狼』。  そしてそれぞれを丁寧にシャッフルする。  それが終わると、ダグボルトも同じようにそれぞれの山をシャッフルした。 「では準備はいいですね。最後に確認しますが、あンたが勝ったら姐さンを封印から解放しやす。ですがあンたが負ければ『人としての命』を失い、『異端』となってあたしのために働いて貰いやすぜ。それでよござンすね?」 「ああ、それでいい」  ダグボルトは躊躇う事無く答える。  『猛禽の女郎』はニヤリと笑うと、指をパチンと鳴らした。  すると突然、ダグボルトの側の空間が光り輝き、ジャラジャラと十二枚の銅銭が畳の上に落ちる。  そして『猛禽の女郎』の側には三十枚の銅銭が現れる。 「これがお互いの種銭になりやす。その種銭が尽きたら負けですンで注意して下せえ」 「ちょっと待ってください!! それじゃあ、あまりにも差があり過ぎるじゃないですか!!」  二人の後ろでずっと話を聞いていたウォズマイラが、我慢できずに叫んだ。 「そうはいっても、別にあたしが額を決めるわけじゃありませンからねえ。そういうルールとしかいいようがありやせン」 「だったら私も命を賭けます。それをダグボルトさんの分に加算してください」 「何を言ってるんだ、ウォズ!! これは俺と『猛禽の女郎』との勝負だぞ!! 馬鹿な真似はよせ!!」  ダグボルトは彼女の肩を掴んで揺さぶりながら叫んだ。  だがブルーの瞳に宿る決意の輝きは、そんな言葉で揺らぐような物ではなかった。 「さっき言ったじゃないですか。みんなで力を合わせましょうって。だから私は自分に出来る事をしたいんです」  そしてウォズマイラはアルーサの方を向いた。 「あなたもそうですよね、アルーサ?」 「え?」  突然、話を振られたアルーサは目を瞬かせる。 「い、言っとくけどアタシは賭けないからね! だってミル何とかなんてあたしにはどうでもいいいし、さっきは変なゲームで危うく死にかけたし、もうゲームはたくさんよ!」  戸惑っているアルーサを見て、ウォズマイラは思わず苦笑する。 「別にあなたにまで命を賭けろと強要しているわけじゃありませんよ。だけど私達はここまで一緒にやってきたんです。せめてこのゲームを最後まで見届けてはくれませんか?」 「そういう事なら……」  アルーサは躊躇いつつもゆっくりと頷いた。 「……うん、分かった。アンタ達の戦い、最後まで見させて貰うわ」  だが格好よく言ってみたはいいものの、すぐにウォズマイラにそっと耳打ちする。 「見てるのはいいけど、アタシ、このゲームのルール全然分かんないんだけど。教えてくんない?」  するとそれを耳聡く聞いていた『猛禽の女郎』が、ダグボルトにこう提案する。 「この手のゲームはローカルルールなんかがあったりしやすから、あたしとあンたが知っているルールが違う可能性もありやす。だから最初の勝負は、赤毛のお嬢さンにルールを説明がてら、そいつを確認するための練習試合にしませンか?」 「そうだな。……じゃあ最初から説明していくぞ、アルーサ。まず三つの山の一番上のカードを、それぞれ裏返しのまま脇にどける。この三枚はエクストラ・カードと呼ばれてるんだが、使い道についてはあとで教えよう。それからゲームの最初の先攻・後攻を決めるんだ。先攻になった者が親、後攻が子になる」 「ではサイコロの出目の大きい方が、最初の親って事にしやしょうか」  二人はサイコロを振り合い、先攻となった『猛禽の女郎』は三つの山のうち、中央の『熊』の山に手を伸ばした。  そして一番上のカードを取ると、それを裏のまま自分の前に置いた。 「今みたいに、三つの山のうちから一つを選んで、一番上のカードを引くって訳だ。そして次は俺が山を選ぶ番だ。ただし先攻と同じ山からは選べない。この場合、選べるのは左右の山だけだ」  ダグボルトは右の『鷲』の山を選び、一番上のカードを裏のまま自分の前に置く。 「第一ベット」  『猛禽の女郎』の言葉と同時に、二人はカードを表に返す。  『猛禽の女郎』――『熊』の『六』。  ダグボルト――『鷲』の『八』。 「数字の大きい方が勝ちとなる。今回は俺の勝ちだな。勝った側は自分が出したカードを手札とし、負けた側は捨てる。そして勝った側が、次のベットでは先攻になる。だから今度は、俺が先にカードの山を選んで引くわけだ。それを繰り返していって、最終的に手札の数字の合計ポイントが大きい者が勝ちとなる。簡単に言えばそれだけのゲームだ」 「ふーん。ずいぶんシンプルなのね。これならアタシでもすぐに出来そうだわ」  アルーサは分かったと言わんばかりにうんうんと頷いている。  だが隣にいたウォズマイラは眉を顰める。 「確かに一見シンプルですが、楽に出来るゲームというわけではありませんよ。初めのうちは純粋に運が勝敗を左右しますが、ベットが進んでくると、山に残ったカードの数字がほぼ分かってきます。そうなるとカードの読み合いが重要になってくるんです」 「あっ、そっか」 「しかも三枚のエクストラ・カードの存在が、このゲームをさらに複雑にしています。あれのおかげで、山に残っているカードが完全には分からない訳ですから」  ダグボルトと『猛禽の女郎』は淡々とゲームを進めていく。  そして第四ベット――先攻はダグボルト。  ダグボルト――『鷲』の『二』。  『猛禽の女郎』――『狼』の『キング』。  『猛禽の女郎』は口元に笑みを浮かべる。 「キングは全ての数字に勝つ事が出来やす。つまり今回はあたしの勝ちでやすね。しかしキングは勝者の手札には入らず捨て札となりやす」 「その代わり、負けた側は手札を全て失う。つまり俺のポイントはゼロになるわけだ」  ダグボルトは自分の手札を、全て捨て札の山に置いた。 「キングは一発逆転の切り札になる。キングは一つの山に一枚、つまり逆転のチャンスは最大で三回。しかもキングがエクストラ・カードの中に入っている可能性も考慮しなきゃならん」  そして二人はゲームを再開する。  第七ベット――先攻は『猛禽の女郎』。  『猛禽の女郎』――『狼』の『三』。  ダグボルト――『熊』の『三』。 「引き分けね。こういう場合はどうすんの?」 「双方の出したカードが捨て札となる。双方キングの場合はどちらも手札を失わず、引いたキングだけが捨て札となる。だが引き分けの時は、それに加えて現時点でポイントが負けている側は、『エクストラ・ベット』に挑戦する事が出来るんだ(同点の場合はどちらの側も出来ない)。今負けているのは俺だから、『エクストラ・ベット』に挑戦するぞ」  ダグボルトは三枚のエクストラ・カードのうち、一枚を引いて裏のまま自分の前に置いた。 「そしてあたしは今まで通り、三つの山の中から一枚を選んで引きやす」  『猛禽の女郎』は『鷲』の山から一枚を引いて裏のまま自分の前に置いた。  そして二人は自分達の前のカードを一斉に表に返す。  ダグボルト――『熊』の『一』。  『猛禽の女郎』――『鷲』の『五』。 「残念ながらあたしの勝ちですね。もし魔女殺しの兄さンが勝ってれば、通常のベットと同じように引いたカードを手札に出来たンですがね。その代り、あたしの方は勝っても引いたカードを手札にする事は出来ず、そのまま捨て札になりやす。これはたとえキングを引いても同じです。そういうわけで『エクストラ・ベット』は負けている側にとって大変有利なルールなンで、よほどの事が無い限りは挑戦した方がいいンですよ。そして勝った側が次の先攻になりやす。それと『エクストラ・ベット』はエクストラ・カードが残ってないと出来ないンで、一ゲーム中に最大三回までになりやすがね」 「それと『エクストラ・ベット』は、負けてもエクストラ・カードの中身が分かるメリットがある。今の場合は『熊』の山に残されたカードが全て特定出来たわけだ」 「ああ、成程!」  アルーサは思わずぽんと手を打った。 「こんな風にベットを進めていって、最終的に三つの山の一つ以上でカードが全てが無くなったベットで、一ゲームが終了となる。ただし三つの山に一枚ずつカードが残った状態で、自分の手番を迎えてしまうと、『ベット・エンド』となって点数に関係なく負けてしまうから注意が必要だ。……ルールは大体こんなところだな。分かったか、アルーサ?」 「まあ、何となくは。ちょっと知恵熱が出てきたけど……」 「よし。ルールに問題は無いようだから、これで練習試合は終了しよう」  『猛禽の女郎』は了承の頷きを返すと、カードを集めて三つの山に戻した。 「では最後に、種銭の賭け方をお教えさせていただきやす。親はゲーム毎に交代。親が賭け金を決めやすが、さっきの『ハイ・アンド・デッド』と同じように、子は賭け金が気に入らなければ、種銭一枚でゲームを降りて次のゲームに移る、つまり親を交代する事が出来やす。ただし降りられるのは全ゲームで一人三回まで。それからこのゲームでは途中で降りる事は出来やせンが、その代わり賭け金を三倍失う事もありやせン。それでよござンすね、魔女殺しの兄さン?」 「ああ、始めよう」  その声には微かに緊張の響きがあった。  ダグボルトは『金蛇の君(アンフィスバエナ)』との遊びを思い出していた。  まだ魔女殺しの力を得ておらず、知略と運だけで生き延びた、あの時の事を。  たわいもないゲームのはずの『キングス・ベット・ハート』。  だがそのゲームに、今度は己の命のみならず、ウォズマイラの命も掛かっているのだ。
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