第1話「夢を乗せて走る車道」

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第1話「夢を乗せて走る車道」

【拝啓、茅崎(かやざき) 栞 様】 《サァーーー・・・・》 『・・・・・・・』 【早いもので、今年も、いつの間にか折り返し地点を過ぎてしまいました】 昼前の商店街の通り沿いに、アスファルトの波間が形成されていく 《サァーーー・・・・》 それに向かって飛ばされた車輪は、乗るべき風を見つけたように生き生きと転がっていく 【何だか、一年が早く感じられる気持ちも、年々、よ~く分かるようになりつつあります】 ペダルを踏む足に圧力は少なく、ぐんぐん進んでいける心地よさに、身を任せる 【私もついに、オバサンの仲間入りをしたのでしょうか?】 吹きつける風は、しぶきのように肌を刺激したあとに 『・・・・・・・』 唇に微笑みを贈る 【それでも、この季節だけは、いくつになっても待ち遠しく思えます】 2013年7月20日ーーー 【そうなんです】 『・・・・・・・』 頭上に広がる青が、 見つめるには眩しすぎる 【夏がやって来ました】 《サァーーー・・・・》 民家が軒を連ねる、狭い裏路地にさしかかるーー そこは、すっかり通い慣れたいつもの近道 不規則に細かく入りくんだ家並み伝いの道は、通る度に違う景色を見せてくれる 丁寧に剪定された生垣 年季の入った石塀もあれば、真新しいレンガ塀もある 奥ゆかしい古民家もあれば、スマートなツーバイフォーもある ひょっこり庭先から顔をだす赤橙色が鮮やかなノウゼンカズラ ジワジワと、響かせ合う、わんぱくなクマゼミの鳴き声 打ち水が蒸発していく微かな湿気 時折すれ違う、サーフボードを担いだ若者ーー 《フワッ》 全身で受ける暖かな風は、 爽やかなミント系のボーダー柄チュニックを揺らして、 ゆるめにふんわりさせたブラウン染めの三編みを、軽々と持ち上げる そして 独特な香りを鼻先に運ぶ 【この町には、どうしても欠かせないものがあります】 気付く頃には もうすでにそれは見える 【海です!】 視界が開け、待っている どこまでも広がる目映いコバルトブルー キラキラと陽光を反射させるしぶき 【私は、今、こんなにも綺麗な海の見える場所に住ん・・・・・】 『あっ!!』 《キィーーーッ》 ブレーキをキュッと握りしめる 《カンカンカンカン・・・・》 『・・・・あっぶなー・・・・』 ゆっくりと下りていく遮断機を見つめながら 《ドクドクドクドク》 せわしなく早打つ胸を落ち着かせる 《ドクドクドクドク》 しかしながら、鼓動の速さはまるで、変わらない 《ドクドクドクドク》 《ガタンゴトン・・・ガタンゴトン・・・・》 目の前を横断する、緑色とクリーム色の車体の電車に共鳴するかのよう 《ドクドクドクドク》 『ふぅー・・・・』 胸に手を当ててひと呼吸をする 《ガタンゴトン・・・ガタンゴトン・・・》 『・・・・・・・』 心地よいくらいの、不思議な熱い胸騒ぎ 【これから、あの人に会う予定です】 《ドクドクドクドク》 【あなたも、よくご存知の方です】 《ガタンゴトン・・・ガタンゴトン・・・》 【・・・あっ、くれぐれも、この胸の高鳴りは、決して、その人が原因じゃありませんので、あしからず・・・】 『・・・・・・・・』 《ガタンゴトン・・・ガタンゴトン・・・》 ふと、ポケットから取り出すスマートフォン イヤホンを取り着け 《ガタンゴトン・・・ガタンゴトン・・・・》 画面をなぞり、探し当てる 『・・・・・・・』
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