第2話「秘密の江ノ島デート」

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第2話「秘密の江ノ島デート」

午後の強い陽射しを受けて、さらに熱さを帯びる砂のステージ 『わー』 『きゃー、きゃー』 皆、ひとり、ひとりの熱気が、波間で揺られて、胸を躍らす 『きゃー、きゃー』 そんな渚のすぐそばで、また違った空間が人々を魅了している 屋内フロアで、照明を絞った淡い暗がり ほの暗さの中で、ライトアップされた、たくさんの水槽 小窓のような小さな水槽から 見上げるほど高く広い大きな水槽まで その中で泳ぐ、魚をはじめとした水中生物たち 大群のマイワシ 大きなサメやエイ そして、ユラユラと幻想的に漂う色とりどりのクラゲ ただ眺めているだけで、時が経つことを忘れさせてくれる 【新江ノ島水族館】 夏に浮かされ弾んだ心を留まらせるには、十分な癒しがそこにある そう、きっとあるはず・・・ なのに、それでも・・・ ひっきりなしにフロアを往来する足 土曜日ということもあり、溢れかえる、子供連れや、若いカップル 時間を気にしてか、せわしなくベビーカーを押して進む若い男性 歩きながら、撮影した写真を一生懸命スマホ上でいじっている女性 ケータイを片耳に当てて大きな声で連絡を取り合う中年男性 唯一・・・ 『すっげー!でっかー!』 子供だけが、この時間の正しい過ごし方を知っているようなーー 『・・・・・』 2階にあるカフェコーナー ガラス戸から差し込んでくる陽射しを和らかいものに変えている 『・・・・・・』 テーブル席に着くヒロシ 彼は、外のオープンテラスから望むビーチに目を向けるわけでもなく ただ、テーブルに置かれた菓子パンを見つめている 相方が、 ーー『これ食べながらちょっと待ってて』ーー そう言って置いていったもの “・・・亀と・・・” その愛らしいフォルムを抱き上げる “・・・メロンパン・・・?” ぬいぐるみのような可愛らしい亀のキャラクター その甲羅の部分が、メロンパンになっている “・・・カメロン・・パン・・・” 両手で持ち上げた“亀”と目が合う 『・・・・・・』 口に運ぶのに若干のためらいが起こる 『・・・・・・』 何故か脳裏をよぎるのは、 月明かりをたよりに浜辺から海へと這っていく小亀の映像・・・ 『・・・・・・』 親亀を探し求めて・・・ 『・・・・・・』 《コトン・・・》 そっと皿の上に戻す・・・ 『・・・・・・』 酷な運命・・・と・・・ 『おまたせ~♪』 テーブル脇に、待ち人ーー海がようやく現れる 『どう?似合う?』 爽やかなブルー地に【サザン 35】というロゴがプリントされているTシャツ それを着たまま、ヒロシに向けてかざす 『さっきのビーチショップで買ったやつ?・・・もう着ちゃうの?』 『だって~、ここで着なくちゃ、いつ着るの?』 満足そうな笑顔 『それも、そうだけど・・・』 ヒロシには、着替えまでする海の思惑がよく分からない 『ちょっと~せっかく海に来たのに、なんで、仕事着なの?』 『いや、荷物や着替えは、横浜のホテルに置いたままだし・・・そもそも今日は、海ちゃんの顔を見に来ただけで、遊ぶつもりじゃなかったから・・・』 『つべこべ言わずに付き合うの!今日は!』 『はっ!?』 『まぁ、時間無いわけじゃないでしょ?』 『・・・・うん』 『よし!』 何故かと言うのか、やはりと言うのか 押されぎみ・・・ 『あっ、なんだ、まだ食べてないの?カメロンパン』 テーブルの上の“亀”に気付きーー ヒロシの隣に座る 『じゃ、私、た~べよ♪』 ひょいと持ち上げると、 『おっ!?おい!!』 『いただきま~す♪』 『あぁ!!』 ヒロシの静止も虚しく口に運ばれていく“亀” 『・・・・・』 『おいし~♪』 『・・・・・』 『ん、どうしたの?』 『・・・祟られるぞ・・・』 『何?』 『いや・・・何でもない』 『あっ、ひょっとして食べたかった?』 『いや・・・違う違う、俺、ちょっと変だ・・・暑さのせいだ、きっと・・・』 『?』 なるべく“亀”を見届けぬように、汗をハンカチで拭う 室内とはいえ、この日の熱気は、陽射しとともに、肌にのしかかるよう・・・ 『もう時間じゃない!!』 腕時計を見た海が、急に席を立ち上がる 『・・・?時間?帰る?』 『イルカショーはじまる!』 『へ?』 席をせわしなく離れる海 小走りで、数メートル行くと、振り向く 『早く早く!こっちこっち!』 粗い手招きで、呼びつける 『はぁ~~』 仕方なしに後を追う 駆けつける先には、オープン野外が広がる眼下のステージ 脇のほうのデッキからは、人だかりが、見下ろしている 半円型のステージと、正面には、ステージに沿うように、階段上の席があり、観客が思い思いに腰掛ける 『おっ!!』 主役は、ステージのプールの中 そして 会場内を盛り上げるBGM
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