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 駅前の老舗百貨店で夫の姿を見かけたのは、偶然だった。好みのうるさい義母に送るためのお中元を探しにきていたのだ。今日は残業で遅くなると言っていたのではなかっただろうか。疑問に思いながらも声をかけようとして、私は息を呑む。  夫の隣には、見知らぬ女。はじけるような若さとみずみずしい肌が羨ましい。爪の先まで念入りに手入れされた美しい手。耳たぶで揺れる大ぶりのピアス。唇の上で艶めくリップグロス。私が10年ほど前に手放したものを持つ彼女が、甘えるように夫にまとわりついていた。  彼らは当たり前のように腕を組み、1階にあるブライダルジュエリーコーナーへと進んでいく。そして笑顔でペアリングの試着を始めたのだ。そこはかつて私が希望し、予算オーバーだと伝えられたとあるブランドでもあった。  その幸せそうな光景を見せつけられて、私はたまらず踵を返した。本当なら、彼らを問い詰めるべきなのだろう。あるいは、証拠となる写真の一枚でも撮るべきだっただろう。けれど自分の姿が惨め過ぎて、私は今すぐ消えてしまいたかった。ずきずきと頭が痛む。  いつ美容院に行ったかも覚えていない、伸ばしっぱなしの黒髪。子どもにひっぱられては危ないからとしまいこんでいたら、すっかり塞がってしまったピアスの穴。ネイルもやめ、短く切りそろえてしまった爪。服装だって、清潔ではあるけれど今の流行とは無縁の、歩きやすさ重視の代物だ。  視線に気がついたのか、あるいは偶然か。夫が私のいる方向へ顔を向けた。彼らに見つかりたくなくて、隠れ場所を探して慌てて辺りを見回す。むしろ隠れるべきは向こうの方なのに。  目についたのは、鮮やかに彩られたとあるブランドの化粧品売り場だった。気後れするほどの華やかな香り。子どもを産んでからは久しく訪れていない場所だ。サマーコフレやクリスマスコフレを毎年予約していた独身時代が懐かしい。  ああ、今年のオススメはこの色なのか。誘蛾灯に吸い寄せられた虫のように自然と足が動く。私は食い入るように限定品のアイシャドウを見つめていた。
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