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「いらっしゃいませ。何をお探しでしょうか」
「……す、すみません」
声をかけられて、反射的に謝罪した。夫と結婚してからは、まず何事にも謝る癖がついてしまったような気がする。
美容部員さんは、とても綺麗なひとだった。涼やかな目元が色気を含んでいて、女である私さえどきりとする。
まあ、この化粧品を使ったらこんな風に綺麗になれると思わせるお仕事なのだから、容姿の良い女性が採用されるのは当然だろう。売り場に置かれた鏡に映る自分を見て、ため息が出そうになるのをこらえた。
私の格好から、百貨店の化粧品を買えるようなたぐいの人間ではないことは丸わかりのはず。冷やかし客に売り場をうろうろされたくなかったのかもしれない。私は、頭を下げてその場から離れようとした。
「お客さま、どうぞこちらへ」
まさか、万引きと間違えられたのか。血の気が引く思いで美容部員さんを見つめれば、優しく微笑まれた。
「せっかくですから、カウンターにおかけになってください」
「いえ、本当に、私は……」
「新色のアイシャドウ、綺麗な色でしょう」
「……そう、ですね……。ただ、お金もクレジットカードもありませんし、商品を買うこともできませんので……」
もごもごと言い訳を並べ立てる。夫の浮気を知っても、悔し紛れに化粧品を買い漁ってやるお金すらない。財布の中には夫に何度も頭を下げてようやく認めてもらった、義母へのお中元代が入っているだけ。
「大丈夫ですよ。タッチアップをして様子を見るだけでもぜひ」
「……他の、本当に買いたいお客さんの迷惑になってしまいます」
「ちょうど夕立が降ってきたところで、これから新しいお客さまがいらっしゃることもなさそうですので。お時間はございますか?」
確かにデパートのショーウィンドウの向こう側は急激に暗くなり、雷鳴も聞こえていた。ああ、このせいで頭痛がしていたのか。
子どもたちを塾に迎えに行くまで、まだ時間はある。少しくらい、自分のために時間を使ってもいいはずだ。夫に見つからないように……という気持ちはいつの間にか消えてしまっていて、人懐っこい彼女の微笑みにつられて私はこくりとうなずいていた。
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