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彼のいない世界
「んもう、なにもこんなに雨を降らすことないじゃない!」
あの世界を出る前は小降りだったのに、急にバケツをひっくり返したような雨が降り出したのだ。文句を言いつつ幸恵は必死に走る。
ふと周りの景色が赤く染められていないことに気づき、顔を上げる。
眼前には見慣れた家庭教師の看板。
戻ってきたのだと実感し、幸恵は家路を急いだ。
彼に言われた通り、家に着くなりシャワーを浴び、丁寧にハンバーグを作る。
「孝志、遅いわねぇ…」
窓の外は、先程の夕立など嘘のように、美しい夕焼けが街を柔らかく染めている。
ハンバーグから昇る湯気が、彼の不在を物語るようにゆらゆらと幸恵の瞳を揺らしていた。
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