ありがとう

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ありがとう

 ぐっと唇を噛み締めじっと耐える。 「早く直して」 「急かすんじゃねえ、素人なんだよ俺は。変な風にいじって全身バラバラになりてえか」 「今締めすぎた、音が変だ。弓を三番目に小さい歯車に引っ掛けたら十五度の角度だよ、書いてあるだろ」 「十五度なんて測れるか!」 「円が三百六十度、その四分の一が九十度、さらに半分が四十五度、あとは三分割したら十五度だ。測らなくてもわかるだろ。人差し指中指薬指だけ立てて思いっきり開いてみろ、その角度がだいたい三等分だ、馬鹿」 「やっかましいわ、流浪の民がお勉強なんてしてるわけねえだろ」  ぎゃあぎゃあ言いながらもルオの手つきは丁寧で真剣にやってくれている。シャムは音で合否を判断し、指摘しながら作業は進み。そして。 「六十点かな、まあまあだ」 「なんで偉そうなんだテメエは」  腕と指を動かしながら若干不満そうに言うシャムにルオは睨みつけながら工具をしまった。完璧主義であるマネキンからすればまったく合格点ではないのだが、交換部品もない中で素人がここまでできたのはルオの手際の良さゆえだ。  直してもらっている時に聞いたが装飾品職人だと言っていた。祖父は町に住んでいた人形師で戦火を逃れるため街を出て流浪の民とであったのだとか。小さい頃から物作りは教えてもらっていて人形の話も聞いていたらしい。 「人間」 「ルオって名乗っただろうが」 「ありがとう」 「……おう」  文句を言おうとしたら素直に礼を言われたのでタイミングを見失った。シャムはマリーを見ると手招きをする。 「道具貸すか」 「あとで。先にやることがある」  てててっと寄ってくるマリー。近くまで来てもう少し寄るようにさらに手招く。何せシャムは足が動かない。マリーはシャムの目の前にやってきた。  マリーを、しっかりと抱きしめる。腕が直ったら最初にやりたかったのはこれだ。 「ありがとうマリー。本当に。僕を助けてくれて、支えてくれて、戻ってきてくれて、それから。僕の、名前を呼んでくれてありがとう」  少しの間抱きしめられていたマリーだったが、シャムの背中に手を回してぺしぺしと叩いた。その優しい動作に、しばらくシャムは抱きしめ続けた。
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