第二話 エルフを抱いたのは初めてだった。

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 二回ほど続けてヤったら、エルフはぐったりしながらも満足そうだった。 「ねえ……、お話しない?」  どんな気分がノってきたのか、アルノリアは俺を誘った。さっきまで甲高く喘いでいたせいで、声がかすれていた。周りに聞こえるなんて心配は、もはやどこかに放り投げられていた。 「なんの話だ?」  面倒だとは思いつつ、俺も一応付き合ってやることにした。 「オークの話。オークから生の話聞きたかったんだ」 「なんだって?」  俺はうんざりしてため息をついた。 「話すことなんざ何もない。賢いエルフ様が本に書いてる通りだよ」 「そんなはずないだろ。たとえば、サフィロトとウリルの話とか、教えて。オークにはどう伝わってるの?」  俺は唸った。 「ウリルとサフィロトが喧嘩して、ウリルが天界を追い出された。ウリルはオークやはみ出し者たちの王となった」  アルノリアは目を丸くした。 「それだけ?」 「ああ、それだけだ。たいした話は知らん。俺の育った村ではその程度しか教えない」 「そうなの?」  そうだ。魔神ウリルは我々の王。それで充分だ。 「エルフにはどう伝わってるか、話してもいい?」  面倒な奴だ。だが、俺は頷いた。  アルノリアは話し始めた。 「サフィロトとウリルが喧嘩したんじゃないんだよ。まず、ルスターンが……」 「そのルスターンってのはなんだ? どこから出てきた?」 「あ、そうか、知らないんだ。ルスターンは創造主だよ。この世界を作った、すべての始まりの神。大地を作り、サフィロトとウリルを生んで、精霊たち、エルフ、小さな人や、獣人、人間たち……、あらゆる生命を作った」  この頃のオークはエルフに含まれる、と、こいつは言いたいんだろう。 「それで?」 「サフィロトとウリルは、ルスターンとともに天界に住んでいた。ある日、ウリルがルスターンの怒りを買った。ウリルは地上の者たちに力を分け与えたんだ。彼らが神の意志のみによらず、自分たちの力で生きていけるように」  俺は枕に肘をつき、頭を支えた。長くなりそうだった。 「ルスターンは地上の者たちが力を得ることを望んでいなかった。力を得れば、地上の者たちは神の意志に従わなくなると考えていたんだ。創造主の怒りはウリルの上に(いかづち)となって落ち、ウリルは地上に堕とされた。ウリルは力も記憶も失い、自分が神であることすら忘れてしまった」  俺は低く声を出した。続けろという意思表示だ。 「サフィロトはウリルを憐れみ、地上に降りて彼の世話をすることにした。ルスターンには内緒でね。それはそれは献身的に、慈しみの心を持って、サフィロトはウリルに尽くした。けれどその献身は、ウリルの心にある特別なものを生んだ。ウリルはサフィロトを愛したんだ。兄弟としてでも、同胞としてでもなく、ただひとつの愛の相手として……」  アルノリアの水色の瞳は、夢見るように揺れていた。自分の語る世界に没頭しているようだ。 「サフィロトは拒むべきだった。ルスターンはその種の愛を地上に属するものだと見なしていたから。ただでさえウリルは罪を犯している。この上さらに罪を重ねさせてはいけなかった。二重三重の意味で、ルスターンを怒らせることは明白だった。それでもサフィロトは愛を拒めなかった。なぜなら、地上で過ごすうちサフィロトもまたウリルを愛し始めていたから」  感傷的な話だ。が、俺は口を挟まずにおいた。 「サフィロトとウリルは蜜月を過ごした。ほんの短い間だけ……。やがて彼らの仲はルスターンの知るところとなり、その激しい怒りによってふたりは引き裂かれた。ふたりとも地上に堕とされて、サフィロトは精霊やエルフの王となり、ウリルは堕ちた者たちの王となった」  これには黙っていられなかった。 「その『堕ちた者たち』てのがオークか。いかにもエルフの言いそうなことだ」 「ルスターンはとても厳しくて、いろんな種族を罰したんだ。オークもそう。罪を犯したエルフだって言われているけれど、ウリルのようにルスターンの意に添わないことをしたというだけなのかもしれない。そういう解釈で見る書もあるんだよ。ウリルはそういう者たちの王となったんだ」 「そうかよ。話はそれで終わりか?」 「まだある」  アルノリアは俺に身体を寄せてきた。 「サフィロトと引き裂かれた衝撃で、ウリルは神である力と記憶を取り戻したんだ。そして、サフィロトを憎んだ。二度めの罪は彼にとっては犯すはずじゃなかった罪だった。自分に罪を誘ったのはサフィロトだとして、生涯変わらず憎むことを誓ったんだ」  エルフの手が俺の手を握る。オークの手を。 「ウリルはいまでもサフィロトを憎んでる。だからエルフとオークはなかなか仲よくなれない」 「なるほど」  その話をどう考えたらいいのか、俺にはよくわからない。要するにそのルスターンとかいう創造主が諸悪の根源か? ウリルとサフィロトの愛だの、罪だの、このエルフが語るそういう要素は、どうにもむずがゆい。  アルノリアが顔を上げた。 「でも、俺はウリルは本心ではサフィロトを愛してると思うんだ。憎んでるけど、愛してもいて、どちらか決められないからエルフもオークもどちらも滅びないんだよ」 「わからん」  奴はちょっと寂しそうに眉を下げた。 「エーディンによる書は知ってる?」 「さあ」 「半分以上はただの創作って言われてるんだけど、この書も俺は好きなんだ。サフィロトとウリルの物語が書かれていて、別れた後の続きがある。『何度も失う話』っていうんだ」 「なんだ、それ」 「ルスターンによって引き裂かれた後、サフィロトはウリルを探すんだ。困難を乗り越えてやっと見つけたのに、ウリルはサフィロトを覚えていない。それどころか、サフィロトの前から姿を消すんだ。サフィロトはまたウリルを探し始める。そうして、何度も何度も、ウリルを見つけては失う。実はサフィロトにはルスターンによってそういう呪いがかけられていたんだ。決して取り戻せないものを探し続ける呪いが」  俺は鼻に皺を寄せた。 「決して取り戻せないんだろう? 不幸な話だな。エルフのくせに、そんなものが好きなのか」 「それでもサフィロトは探し続けるんだよ。ウリルを愛しているから。いつか、何千年も時が過ぎて、ルスターンが許してくれる日が来るまで。その時にはきっとウリルも思い出してくれると信じてる。そこが好きなんだ」 「わからん」  俺は難しい顔をしつつ、アルノリアの尻を撫でた。これだけ身体を寄せてくるんだから、触ったって別にいいだろう。
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