第四話 そんなことをしているうちに、二時間が経った。

3/6
前へ
/70ページ
次へ
 アルノリアがむにゃむにゃ言って起きた。俺は椅子から身を乗り出した。 「大丈夫か?」 「え? 何が?」  俺は迷った。こいつはなんにも気づいていないんだ。話していいものか、どうか。  ひとまず流すことにした。 「いや、さっきは無理させたかと思ってな」  するとエルフ野郎は、変な含み笑いを漏らした。 「無理させただなんて、そんな。無理させたくなるほど俺が欲しかったんなら仕方ないよ」 「お前はバカだ」  と、ついいつも通り言ってしまった。  だが、あんなことが今後も起こらないとは限らない。俺はアルノリアに服を投げた。 「着ろ。出かけるぞ」 「どこに?」 「呪符を買え。前に言ってただろう。身を守るためのやつだ」 「どうして? 嫌がってたのに」  俺は嫌がったのは、それで俺が(・・)こいつをヤれなくなることだ。呪符自体はどうでもいい。 「俺が四六時中張りついていられるわけじゃないからな。自分の身くらい自分で守ってもらわないと困る」  なんでこれをいま言い出すんだ――とか、こいつが疑問を言ったら仕方がない。全部話そう。  俺はそう覚悟を決めたが、こいつはこいつで別に思うところがあったらしい。 「やっぱり、そうかな。ご主人にも言われてたんだよね。ゴグといない時は結構危ないって」  なるほど。前に変なエルフに声をかけられていたことを言っているのか。いい流れだし、乗っかろう。 「そういうことだ」 「わかった。お風呂行ってくるから、ちょっと待ってて」  身体を洗い、アルノリアが軽く食事をとるのを待って、俺たちは市に出かけた。なんと呪符も普通に市で売られているのだそうだ。ただし店頭には出しておらず、注文を受けた呪術師がその場で作る。盗まれると大事になるからだそうだ。 「こちらの意に反していやらしいことをされそうになったら、撃退できるようなものが欲しいんです」  アルノリアが言うと、年老いた呪術師はじろりと俺を見た。  おい。撃退する相手は俺じゃないぞ、このクソジジイ。 「あんたの意志によるということだね?」 「はい。私が受け入れない相手に対して発動するものにしてください」 「どんな罰にするかね?」 「勃たなくなるようにしてください!」  そこはこだわりどころなんだな。  呪術師は渋った。 「嫌がる相手を無理に襲うような奴が、あんたが原因で勃たなくなったと知ったらどうすると思うね?」 「どういうことですか?」  アルノリアの奴にはわからないようだが、俺にはわかる。 「絶対にお前を殺しにくるぞ」 「えっ? そうなの?」 「絶対だ」  俺の断言に、アルノリアも理解したようだ。 「そうか……。どうしようかな。怪我をするくらいのものなら大丈夫?」 「そうだな」  アルノリアはジジイに向き直った。 「ちょっとした怪我にしてください」 「よかろう」  呪術師は一枚の紙札を指で挟み、口の中でぶつぶつ呪文を唱えた。札に複雑な文様が浮かび上がる。  魔法の仕組みは俺にはわからん。それでも、こういう技を見ると感心する。これが効くっていうんだからすごい。 「使い方はわかるね?」  呪術師が言い、呪符をアルノリアに渡した。アルノリアが金を払う。  高い。こいつ、結構な金額払ったな。 「どうやって使うんだ?」  何も知らない俺が訊く。 「こうするんだよ」  アルノリアは呪符を鎖骨の中心、胸骨の上端あたりに押し当てた。  俺は目を(みは)った。呪符が燃えてなくなり、アルノリアの肌に文様が赤く浮かび上がったのだ。その文様も、少し経つと消えた。  呪符を見につけるといっても、どうやって持ち運ぶのかと思っていたが……こういうことか。 「数か月はもつよ。その頃にまた買って更新する」 「本当に効くのか? つまり、俺には効かないってことでいいんだな?」 「うん。そのはず」  アルノリアはふふっとかわいらしく笑った。 「試してみたら?」
/70ページ

最初のコメントを投稿しよう!

201人が本棚に入れています
本棚に追加